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愛されている

 貴方が本当に愛されていると感じるのは、どんな時ですか? 上辺の優しさじゃなくて、真に思ってくれる人と出会えたなら、幸せですよね。

 それから私たちは、色んなものを見て回った。寺社仏閣や庭園などは、嘉永の頃のままに変わらずある様な感じだが、周りの人やものが大きく様変わりしていて、実に不思議な町の有り様である。その中で、一つとても面白いところがあった。そこは、蜂岡寺のすぐ傍にあり、私が生まれ育った京の町に似た佇まいで、人の身なりもごく普通の町人らしさが残っていたりした。それでいて、この時代の風の人も大勢往来しているのだ。かと思えば、お侍さんが刀を抜いて切り合いをするのを、大勢で物珍しそうに見ているのだ。その中で、2,3人が切られてうめき声を上げながら倒れた。あまりの出来事に驚いて、思わず里真様にしがみついた。すると、彼は優しく頭を撫でてくれて、

 「案ずることはありませんよ。ほら、あの刀は切れないみたいです。」 誠だ。切られたはずの人からは、一滴の血も出ていない。それどころか、少しして又すぐに、何事も無かった様に立ち上がって去って行ったのだ。それを見て、あっけにとられていると、

 「この時代の人達は、いにしえの町を造ったり、町人や侍の真似をしたり、それを見せたり、見たりすることに趣きを感じてる様ですね。」 私はおかしくなって、里真様の胸に顔を摺り寄せたままで笑いこけてしまった。すると、彼もそんな私を見て微笑んでくれた。

 「どうして分かったのですの?」 笑いが収まってから問うてみた。

 「殺気のかけらも感じませぬでしたからね。」

 「え、そういうものって、感じるものですか?」

 「ええ、身に危険があるかないかの気は感じます故、ご安心ください。」 ああ、何て頼もしいお方なんでしょう。

 「それより、野菊様、お腹はお空きになりませんか?」 そう云えば、この時代に来てからはまだ何も食べてはいなかった。と云うよりは、空腹感というものが無い様な気がした。

 「他のもので満たされていますので、ちっとも平気でございます。」

 「いえ、それでは大事なお身体に触ります。それと、渇きもよくありませぬゆえ、お水や塩も少々おとりにならねばなりませね。」

 「とおっしゃいましても、どうやって?」

 「北山へ参りましょう。そこには野草や澄んだ水があるでしょう。」 里真様は、私の手を取ると優しく導き、その不思議な町の一角を飛び立った。そして、北山の山の奥へと導かれた。

 「この辺りが良さそうですね。ヨモギやミツバがたくさん生えていそうですよ。それに澄んだ水もあります。」 そこは山奥の木が生い茂った涼し気なところだった。そこで、彼は私に色々教えながら、草や水を摘んだり掬い取ったりして、食べたり飲んだりさせてくれた。

 「里真様は、食べないのですか?」 摘んでくれた野草をむしゃむしゃ噛みながら、彼を見ながら尋ねた。

 「私は、よいのです。」 微笑んで答えてくれた。

 「何故ですの?里真様のお身体もお大事になされねば。」

 「お心遣い、ありがとうございます。」 そう云って、少しだけご自分も摘んで口に持って行かれた。ただ、それは、私がそれ以上気を遣わない様にする為の見せかけの仕草にも見えた。気にはなったが、それについてはもう問わない様にした。彼はそれを察してか、時折ご自分も食べる仕草を交えながらも、せっせと私に食べさせたり、大きな葉っぱに掬った水を飲ませたりしてくれた。

 「あの、どうして何もかも擦り抜けて、触れることすら出来ないはずなのに、ここの草や水は触れたり食べたり出来るのですの?」 食べ始めてからかなりしてから、その不思議に気付いた。

 「人の目から、こっちへ引き込んでるからですよ。」 そう云う彼の手元をよく見ていると、彼が摘み取った野草は、ほんの少しだが色が変わった。

 「と云うことは、人の目からは?」

 「見えなくなります。ですが、野菊様のお身体を育む栄養は、人の目から消えてからも、何も変わりませんよ。」 そう云えば、空腹で何の苦も無かったつもりの身体が、食べる前よりも力強くなれた気がした。里真様のして下さることは、全てが優しく、心にも身体にも沁みていた。

 「いいものを見付けました。」 食べ終わっってくつろいでいる私に、少し浮き上がって辺りを見回していた彼が嬉しそうに云った。

 「美味しいものですか?」 上に向かって、大きな声で聞いてみた。

 「ええ、タラの芽と云って、天ぷらにすると美味しいんですよ。」 そう云って私を待たせて、少し離れた日当たりの良さそうなところへ飛んで行き、彼はそれをせっせと摘み取っていた。天ぷらって、どうして料理するのか?一通り摘み終わると、私がそろそろ退屈し始めたのを見計らって、摘み取ったタラの芽などを一括りにして背中に結い付けると、私の手を再び取ってくれた。そして、又二人手を繋いでそこを飛び立った。

 北山を後にした私達は、再び京の町中に行き、又色々見て回り、その度それが如何なるものか、彼のありったけの知識と推し量る力で教えて下さった。それは、どれもこれも目からうろこの奇想天外の旅日記だった。


 「すまない。こんな見たことのない遥か時の彼方へ連れて来てしまって。」

 一夜にして140年の時を経て、その日は京の町を飛び回り、胆を潰すものを散々に見て回った私達は、東山の大文字山で一息をついた。日は西に傾き、西山の稜線に沿って真っ赤な夕焼けが広がっていた。

 「気になさらないで。」 強がってる訳ではなかった。身体に痛みがある訳でもなく、心が塞ぐこともなかった。

 「もう、元の時代へ帰ることも、ままなりませぬ。」 私と夕日の丁度中間辺りの遠くを見ながら、里真様は申し訳なさそうに云った。

 「そうなんですか。」 他人事の様な云い方をしたせいか、里真様は今度は私をまじまじ見た。

 「野菊様は、こんな風になったことを苦になされないのですか?」

 「苦なんて、何もありません。心地いいですから。」 笑って云った。

 「野菊様を知る人は誰もいない。独りなんですよ。」 私が無理してると案じてか、それとも、

 「え、里真様は居てくれるんじゃないのですか?」 少し不安になって、こわごわ問い返した。

 「もちろん、居りますとも。野菊様が居てもよいとおっしゃってくれるならば。」 何だ、奥ゆかしいだけか。思わず、顔がほころんだ。それを見て、彼も笑顔を返してくれた。誠に心温まる優しい笑顔である。

 「居てくれないのかと、ちょっと不安になりましたよ。里真様さえ居て下されば、私は独りじゃありませんよ。」 私がそう云った途端、彼が俄かに私を抱き寄せた。他の人や物は、地面以外すり抜けてしまうのに、互いの身体はしっかりその肌触りを感じていたみたいだ。幼い頃に母方の祖父母に抱き締められてから久しかった、人の温もりを感じた気がした。

 「断じて、独りにはしませんよ。」 そう云われて、私も彼の身体にしっかり抱き付いた。もう、この温もりを2度と手放したくない気持ちで一杯だった。何故なら、私は・・・

 今回もお付き合い頂いて、ありがとうございます。<m(__)m>

実はこの物語、フィクションではありますが、実在の場所や施設をまともにモデルにしてます。と云うより、もうまともに描いちゃってますね。京都にお住まいの方や、京都通の方には、どこなのか分かっちゃいますね(#^.^#)

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