決死隊
「……あの日が随分昔のことに感じる、それほどいろいろなことが起こったのだな」
『リカーナ』との逢瀬のあと『ゴラゾム』はまた『ヨミの扉』を開こうとしていた。その手のひらにはまだ彼女の肌の感触さえ残っている気がした。
「俺はあの日、君の言った言葉をずっと心の支えにしていた。どんな事があっても俺たちは滅びはしない、生き続ける。そのためには……」
彼は、すでに『ヨミの扉』までその念波を飛ばせるようになった。古文書の全てを理解し、あの日『リカーナ』の言った祝詞の中にあった『ル・リカルト・クッティース・レムリカーナ』という呪文に隠されていた鍵を遂に手に入れたのだ。その鍵はどうやら『クッティース』という言葉らしかった。彼は今日試してみようとしていた。『ヨミの扉』を開けるためには宣言する必要があるのだ、自分が何者で確かにその鍵を持っている事を、『ヨミ』に高らかに。彼の飛ばす念波に『キャステリア』の進路の前方の数限りない流星群が捕らえられた。それが吉兆か凶兆なのかまではわからなかった。
「ひとまず、流星群に備えておくとしよう、『リカーナ』のためにも念を入れておかねばならんな。もしもの時には『キャステリア』は捨てるのだと父はおっしゃっていたが、まだ使い道がある。流星群を受け止める『レムリア』のための盾となるのだ」
彼は『キャステリア』に残った虫人とエネルギー、食料を全て『レムリア』に乗せて最期の希望を集めた。弟『ビートラ』を長としてエネルギーの続くまで新天地を探させるつもりだった。彼は自らの命をかけて『ヨミ』に挑もうとしていた。『リカーナ』の禁呪は『ヨミ』の持つ力の、あるいは一部ではないかと彼は思っていたのだ。
「あっ、またひとつ」
窓の外の流れ星を数えながら、『リカーナ』は返事に困っていた。三騎士の願いはあまりにも危険だったからだ。彼らは『リカーナ』にこう申し出た。
「決死隊?」
「はい、我らが決めた事です。『ルノクス』の誇る高速船『ナチュズン』で外宇宙を一足先に調査したいと思います」
確かに『ナチュズン』なら今より数倍は早く、外宇宙を調査できる。道案内もできるに違いない。しかし食料やエネルギーが十分には積めない。およそ1ヶ月が限度だろう、そのあとは……。
「危険過ぎます、それに『ナチュズン』は小型です。積める物資も限られます」
そこに、『ゴリアンクス』の技術者が入ってきた。
「『ナチュズン』の積載量はおよそ1ヶ月分の物資です。それをこうすれば」
「おお、なるほどこれはいい」
技術者の広げたのは『ナチュズン』を三角形になるように連結させた設計図だった。物資を使い切ったものは切り離していく、これならおよそ三ヶ月は航行できる。
「しかし」
「危険は承知の上です。そこに希望がある以上、あらゆる方法を使うべきです。姫がおっしゃっていたではないですか?」
『リカーナ』はそれを聞くとやっと承知した。
「わかりました、私には貴方たちの安全を祈るしかない。『ナチュズン』の改造にどのくらいかかりますか?」
『ゴリアンクス』の技術者はにっこり笑った。
「『ルノクス』の技術力は素晴らしい。『リカーナ』様はきっと承知されるに違いないと、たった三日で仕上げました。実は試験運転もすでに済んでいます」
「まあ、私以上に希望を持っている国民たち、これ以上嬉しい事は無い」
「先頭で動いたのはカメムシとビロードコガネだそうです。『決して我々は滅びはしない』といって」
『ゲルノータス』の言葉に『リカーナ』はすこし目頭が熱くなった。
「『ゲルノータス』『クルノータス』『ミルノータス』、すぐに出発しなさい。くれぐれも気をつけて。そこが知的生命体の住む星なら、私たちを受け入れてくれるかを必ず聞きなさい。争いは禁じます」
「心得ました、行くぞ」
三騎士は『リカーナ』の前にひざまずき、姫の手にキスをし次々と部屋を出た。やがて先刻の流れ星が飛んできた方向に三角形に連結された『ナチュズン』が飛び立っていった。一段と大きな流れ星がゆっくりと流れていった。彼女はそのおかげで今度は三騎士の無事を十分祈る事ができた。




