テネリアの王
「我が国とは正反対、『セブリア』はひどい大雨だったぞ」
十年振りに地上に出てきた、『オウゴンゼミ』の『キッドル』は『コオカ』の話しに目を丸くした。強い陽射しに草木も枯れ、国民は昼間、森に集まっていた。『テネリア』の城は地下が広く深い、しかし国民全てを地下に集めることは出来なかった。川の水は干上がり、城の井戸も底の岩盤が見える始末だ。『コオカ』は水量を見るため毎日地下の井戸に降りて行った。『キッドル』は国中を飛び回り、井戸が掘れそうな所を探して『コオカ』に伝える役目だった。しかし、そのほとんどは徒労に終わり、結局彼は、城の井戸を日ごと堀下げることしかできなかった。最近までは国民の中で身体の動くものが協力してくれていたが、疲労と空腹で一人減りまた一人減り、ここ数日は『コオカ』一人が岩盤を砕き井戸を掘り下げていた。
「もう雨は二ヶ月以上降らない、『セブリア』は大雨だと言うのにな」
彼の太いツノも先が丸く削れてきた。井戸の底から、昨日よりもさらに厚い岩盤が現れた。しかし休むこと無く、彼はツノを今日も振り続けていた。
「何だ、これは?」
拾い上げたのは『赤い翡翠』だった。彼にその時、悪魔の声が聞こえた。
「この岩盤は相当厚い、止めておけ、お前のツノでは無理だ」
それでも何度も『コオカ』はツノを振り続けた。
「愚かな、『コウカ』よ。北の『ナノリア』には豊かな水があると言うのに」
(かつて、『レムリア王国』の城があったという、エビネ池か……)
なおもささやきは続く。
「元々は大王の居城のあった場所だ。その水を使えば、いったいどれだけの国民たちが救われるかなぁ、『レムリア』の子『コオカ』よ」
それでも、彼は黙って岩盤を突き続けた。しかしびくともしない、振動と衝撃で『コオカ』の頭の中で鈍い音が鳴り続いていた。もうろうとした彼にさらに声が聞こえた。
「いいか、『テネリア』の国民たちはその水を使えばいい、何をためらうのだ。『コオカ』、お前はそれを手に入れなければならない。この国の王として」
(岩盤の下に本当に水があるのだろうか?俺がそれをこうして毎日のように、砕いているのは、いったい誰のためなのだ…)
『コオカ』は自問自答した。
(全ては『テネリア』の国民たちのためだ…)
「『コオカ』お前は、『レムリアの子』。『レムリア王国』を復活させ『エビネの池』をお前のものとすればよい、ためらうことはなかろう」
その悪魔のささやきをかき消すように『キッドル』は大声を上げた。
「いけません、国王!」
「お前の三本ヅノは岩や土を掘るためのものではない。臆するな、『コウカ』。さあ私の元に来い!」
制止する『キッドル』を振り切り『コウカ』は、ふらふらと井戸から出てきた。
『赤い翡翠』を握りしめて『コオカ』は言った。
「お前が悪魔なら、それでもいい。ただ、ひとつやってみせて欲しいことがある。この井戸を岩盤ごと地中深く掘り下げてみろ!どんな干ばつにも涸れることのない井戸を一瞬で掘ってみろ。その引き換えに俺の命をくれてやるぞ」
『コオカ』の言葉が終わらぬうちに、妖しい光とともに井戸の底の岩盤が地中に深く沈んでいった。数分後吹き上げる水柱の中へ『コオカ』はゆっくりと消えていった。
『ラクレス』も『コオカ』も、ともに守るべきものたちのために自ら進んで闇となった。
由美子は、再び『ブルー・ストゥール』を広げた。『ブルー・ストゥール』の繭に包まれ、その中で『コオカ』は心地よい安らぎを感じた。彼は『スタッグ』と同じ様に、赤い涙を流し『悪魔の呪縛』をすべて消し去った。彼は優しい王の顔になり、赤い涙を集めた『レッド・ホーン』を由美子に手渡した。
「これをあいつに渡してやれ、あいつなら扱えるはずだ」
『キング』と王子の前に立つ『バイス』を指差し、『コオカ』は少し笑った。




