追跡者
王国からずっと、追ってくるヤンマがいる。王国のヤンマの中で「トビヤンマ」より早く飛べるヤンマはいない。「高速トビヤンマ」として選ばれた『トビイ』はフローラ国へ向かっていた。守備隊長の『ハガネ』に大切な王女を預けるために、持てる力を振り絞っていた。いくら王女を抱えたままとはいえ、このスピードについてこれるヤンマがいるのは、彼には初めての恐怖であった。彼はさらにスピードを上げた。
「まさかもう追っては来ないだろう……」
その差は少しずつ縮まってきていた。そのヤンマが『B・ソルジャー』と化した「カラスヤンマ」であることを彼は知らなかった。
「あの林を越えればフローラだ」
彼は頭上のヤンマを振り切るため、低空で林を抜ける作戦に出た。彼の後を追い『カラスヤンマ』も高度を下げた。林に入り、右や左に迫る木々をよけながら、彼は「チラリ」と追っ手を見た。
「ふむ、褐色のヤンマか、あんなヤツを王国では見たことも無い」
オニヤンマに似た大きさだった。だが全身真っ黒い。
「そろそろ林を抜けるぞ、あっ!」
次の瞬間、彼はいきなりブレーキがかかり、あお向けにひっくり返った。オニ蜘蛛の仕掛けていた古い網に頭から突っ込み『トビイ』の首が折れた。上空で『カラスヤンマ』が滞空しながらにやりとした。
「あれじゃあ即死だな。一機撃墜、任務完了」
そう言うとふたたび王国へ戻って行った。
『トビイ』の手から離れた王女は、偶然にも『コガネグモ』の作った網にあたり、小さなかごごと深い草の中に落ちた。
一方「トビヤンマ」の『ダンテ』は『トビイ』よりもさらに高速で飛ぶことができた。エビネ国に、無事到着したというのに誰一人として彼を迎えなかった。
「何かあったのだろうか?」
彼は池の上空を回っていた。池の浅いところでは、タガメの親子が水泳の練習をしていた。そのとき上空から黒いヤンマが急降下してきた。その一撃をかわし今度は「ダンテ」が高度をとった。ヤンマの戦いでは、より高度をとり背後から襲うのが戦法として正しい。彼は王子を抱えたまま『カラスヤンマ』に向かっていった。
「見たことも無い、真っ黒いヤンマだ。噂に聞いたことのある、異国の確か……」
そのヤンマは彼を振り切るつもりだった。敵ながら美しくしなやかに飛び、彼の追撃をかわした。
「やるな……、そう確かこいつは、南の国の『カラスヤンマ』だ」
今度はとんぼ返りをして、真っ向からの一騎打ち、すれ違い様の一瞬の勝負だ。二頭のヤンマは、それぞれのあごを「グワッ」といっぱいに開いた。『ダンテ』の羽が少し裂けた。王子をくるんだ「まゆ」を抱えたまま、体制を立て直したとき、彼の目の前にカラスヤンマの巨大な目が映った。次の瞬間彼の羽が一枚、根元からもぎ取られた。
「無・無念……」
落下する『ダンテ』を『カラスヤンマ』は不敵に笑いながら眺めていた。この高さから落ちれば彼の体中の骨はこなごなになるだろう。
「王子共々地獄へ堕ちろ。すぐに城の親父にもあの世で会えるさ、ハッハッハッハ……」
『ダンテ』の体中の骨が砕け散り、水面に波紋が広がる。
「ミッション終了」
カラスヤンマは勝ち誇り、ナノリアへ飛び去った。