漆黒のアゲハ
ほこらの妖気が『ブラック・ダーク』に集まり『ブラック』を包む。全てが集まったその瞬間、黒い霧は一瞬ではじけた。そこに立ったのは、漆黒の妖しい輝きを放つ、ミヤマカラスアゲハ、恐ろしいほど美しいアゲハだった。由美子は『コオカ』の足下に倒れた『テンテン』を見た。しかし、『ブラック』をまずは倒さなければならない、由美子は池の上に舞い上がった。
「『テンテン』少し休んでいて、私が戦うから」
「さすがに、『ナノリア』の巫女、寄り代も無く『アギト』を動かせるとはな、『ラクレス』が手を出さなかったのもこれを見るとうなずける。だが、『ラクレス』の連れて来た『セブリア』の奇怪昆虫人を倒しても、俺の連れて来た、第二陣はどうかな?」
『コオカ』は、『ラベンデュラ』と『スカーレット』にやがて現れる第二陣を紹介した。
「我が『テネリア』の『侍アブ』と『毒ヨツメ』が率いる空中部隊、そして『大キバオサムシ』と『次元ミズスマシ』が率いる地上部隊だ」
一掃されたはずの空と地上に、びっしりと再び奇怪昆虫人たちが現れた。『スカーレット』が黒いアゲハと戦う由美子を見上げた。
(由美子、「リンリン」を救ってあげなさい……)
「『スカーレット』、空と地上の敵を同時に攻撃出来る?」
『ラベンデュラ』は『スカーレット』に聞いた。『アギト』を一人で制御するつもりだ。
「わかった、やれるだけやってみる。姉さんはそのまま『アギト』を頼むわ、由美子あなたにしか『リンリン』は救えない、よろしく頼むわね」
二匹のアゲハは互いにからまりながら、空高く舞い上がっていった。
「ムール・ディ・ボンドール・アギト」
地が割れ、無数の火柱が吹き上がった。地上の兵士の大半は奈落の底に落ちた。空に吹き上がるマグマと溶岩弾が空の兵士を焼き付くし、撃ち落とす。それでもそれを避け、裂け目を乗り越えて進軍してくる『テネリア』の兵士たちはまだ半数近くは残っている、とうとう『スカーレット』はそこで力つきた。
「ほう、最後のあがきか。もう『アギト』は動かせまい、進め、恐れるな!」
『ラクレス』はこれも想定していた。『アギト』の力を制御し操るのは限界がある。彼女らは『マンジュリカーナ』ではない。たとえ『ラベンデュラ』が最高の霊力を持つ筆頭巫女とはいえ、巫女の一人に変わりはない。『アギト』と一体になれるのは王の血を引く、『レムリアの子』に限られているのだ。隊を整え、『テネリア』の兵士は再び進軍してくる。『スカーレット』は力を使い果たし、ゆっくり倒れていった。
その彼女を抱きとめたのはヨミの王『ダゴス』だった。
「良くやったぞ、『スカーレット』」
『ダゴス』は彼女をを抱いたまま、気を失った『サキ』と『メイメイ』に近づく『シカバネカナブン』を残りの腕を使って次々と引き裂いた。
「おう、『ダゴス』ここまで来てくれたのか?」
大臣は明るいところの苦手なはずの『ダゴス』に声をかけた。
「『ナノリア』のためだ、久し振りで少々眩しいが仕方ない。それに『ドモン』がどうしても来てくれとわしに頼むからな」
『ドモン』が姿を消したのは、『黒の森』に『ダゴス』を迎えに行っていたのだ。
『ギラファ』がふらふらと立ち上がり、ほこらの外を見た。戦えない者を『ダゴス』に任せ、大臣、王子、そして『ハガネ』も、ほこらの前に止まったその輿を見た。
「やっとお出ましか、『ラクレス』」
『コウカ』がそう言うのを待っていたかのように、その『セブリア』の王は地面にゆっくりと足を着けた。そして『ラベンデュラ』に静かに言った。
「まだ戦うつもりか、もう『アギト』はお前たちの手には負えまい……」
「おのれっ、『ラクレス』」
『ラベンデュラ』は『アギト』の制御もそろそろ限界だった。少しでも力を弱めれば『アギト』にはじき飛ばされる、いや悪くすると取り込まれてしまいそうだった。ラクレスはこう言った。
「お前たち、よく考えてみろ、これほどお前たちが傷ついても国民は誰一人戦おうとしない。所詮は内輪もめ程度にしか思っていないのさ、勝負が決まって、のこのこ出てくるつもりさ、したたかなやつらだ。俺たちの国民は、こうして命がけで俺たちに従って戦っているというのにな。平和ボケした『ナノリア』など消滅するべき国だ」
「いざというときのために、俺たちはいる。それを支えているのが国民だ、私は王の命令ひとつで国民がためらいもせず、死んでいくことは絶対間違っていると思う」
王子はそうはっきり『ラクレス』に伝えた。
「ふん、いずれにせよお前だってあれだけの軍勢に勝てるとは思わないだろう」
虹のほこらの前に、『テネリア』の奇怪昆虫人が現れた。
「空中部隊、『侍アブ』、『毒ヨツメ』参りました」
「地上部隊、『大キバオサムシ』『次元ミズスマシ』、到着しました」
あらたな敵に、王子は最後の覚悟を決めた。『コオカ』は短く笑った。
「ハッハッハ、王子よ、『アギト』が受け入れる唯一の男が、動けないのが残念だなあ」
『コオカ』がじろりと視線を送ったのは、気を失ったままの『テンテン』を『シカバネカナブン』たちから守っている『バイス』だった。
「ハッハッハ、そらもうそこまで来ているぞ。観念したらどうだ」
「こうなったら、私が『アギト』の寄り代になり、戦いましょう」
『ラベンデュラ』はそう言った。その時、虹のほこらの中に声が屆いた。
「お止めなさい『ラベンデュラ』。あなた以外の誰が三人の巫女を呼び戻すことができるのですか?」




