内通者
「おお、何ということだ」
無惨に体を二つに引き裂かれたアオハナムグリの夫婦が、廊下に転がっていた。大臣は開け放たれた部屋を駆け抜け、隠し部屋に入った。ハンミョウの高く振り上げた手から、王の最後の卵が床に叩き付けられるのを大臣は見た。次の瞬間、大臣は巨大な大あごをいっぱいに開き、ハンミョウの首を瞬時に刎ね落とした。
「キングの血筋は絶やさねばならない」
振り返った大臣の見たのは、彼がもっとも信頼していたノコギリ副大臣の姿だった。
「副大臣、おまえ、まさか」
「ご明答。私だよ、この前もそして今日のことも。全てラクレス様の命令さ」
「ラクレス」
「ああ、この国の新しい王だ」
「何を馬鹿なことを言う」
「さて成功を祝い、あなたのまっ赤な血で祝杯といきますか」
ノコギリは大きく湾曲した大あごをいっぱいに開いた。
「おのれ、気でも狂ったかっ!」
ヒラタ大臣は、ハンミョウの血が乾かぬままの太い大あごを開いた。
ノコギリの素早い動きに、大臣は翻弄された。しかし、王国でキングの次に強いのが、いわずと知れたこのヒラタ大臣だ。やがてノコギリの大あごをかわすと、外側から大あごを挟み、その体ごと軽々と高く持ち上げた。
「遅くなりました」
近衛隊長が息を切らせてそこへ駆けつけた。
「おお、良いところへ。大臣が乱心された…、早く捉えろ!」
ヒラタ大臣に持ち上げられたノコギリ副大臣が苦しそうに声を上げた。
「何を馬鹿なことを、副大臣を取り押さえるのじゃ」
大臣の大あごの力が少し緩んだ、その瞬間するりとノコギリは抜け出し、ヒラタ大臣を近衛隊長に向かってけり跳ばした。
「ファッハッハ、間抜けめ」
そう言い残すと彼は外へ駆け出した。大臣らが追って外へ出た時には、ノコギリ副大臣は茶色のさやバネを開くと、こういい残して飛び去った。
「わしは、お前らの知っている『ノコギリ』ではすでに無い。ラクレス様の配下『ギラファ』だ。また近いうちに会うことになろうがな、ファッハッハッ」
「トビヤンマの後を追ったのも、ラクレスの配下のものか。無事に到着することを祈るしか無い」
大臣は「高速トビヤンマ」の飛んだ方向をじっと見つめていた。