テネリアの王「コオカ」
「サキ女王が現れました」
「漆黒金剛石と『スタッグ』はわが手にある、来なければ『スタッグ』の命はない」
エビネ国の女王はカラスヤンマがそう飛びながら叫んでいたのを聞き、もう逆らえなかった。
「そうか、通せ」
最上階の部屋の中央には、漆黒金剛石が置いてあった。その前には『セブリア』の王、『ラクレス』その向かいには『テネリア』の王、『コウカ』が座っていた。静かに『サキ』が入って来た。辺りを見回すと、窓際にかつてのノコギリ副大臣『ギラファ』が立っていた。女王は一度きっと睨んだ。『ギラファ』は、少しばつが悪そうに目をそらせた。
「『スタッグ』はどこです、無事なのでしょうね」
ああ、そろそろここに現れるころだ。危うく、こいつが殺しかけたがな。
『コウカ』が笑った、『ラクレス』も感心するほどに『コウカ』は知恵が回る。やる気満々の『スタッグ』をここに飛び込ませ、女王の前でもう一度捉えようと言うのだ。
「わずかな希望の後、大いなる絶望を見せつけてから、『イト』の封印を解かせねば、女王のことだ何か企むかも知れない……」
そのために『リンリン』にかけてある、呪術の「一部」を解いたのだった。『ブラック』には最後の仕事が残っている。実は『ラクレス』にとって彼女は、まだ利用価値があったのだ。
「『スタッグ』の無事を確認するまでは、あなたたちの言う通りにはしません」
「いいとも、オッそろそろ来たようだぜ」
外が騒がしくなって来た、東の森に作られた城はシカバネカナブンが守っていた。母を人質に取られ、怒り狂った『スタッグ』、そのオレンジ色のタガメは、腕の一振りで五、六個のシカバネカナブンの首を次々と刎ねながら進んだ。宣誓を受けた『スタッグ』を止めれるものは誰一人いなかった。
(凄い、こんなに強いの、『スタッグ』は)
後をただ付いて行くだけの『リンリン』だった。
(こうなってしまった『スタッグ』を倒せるものはいないのかも知れないわね)
「『イト』の封印を解いてはいけない、俺は無事だ」
『スタッグ』はそう叫び、部屋に飛び込んで来た。立ち上がったのは、『コウカ』だった。
「ふふん、女王の前でもう一度捉えてやる。そのためにわざと捨て城からお前たちを逃がしてやったのさ」
「なんだとっ!」
「見せてやろう、『スタッグ』よ。『テネリア』の王との格の違いをな」
そう言うと『コオカ』は天に右腕を上げた。
「『コオカ』降臨!」
『コオカ』の身体がさらに一回り巨大になり、王の姿になった。それは凶暴だが美しい、異国の三本ヅノの王だった。しかし先手を打ったのは『スタッグ』だった。
「しゃあっ!」
『スタッグ』が左右の腕を振った。彼の鋭いかぎ爪が『コオカ』の顔面に入った。
「キン」
信じられないことに、渾身の彼のかぎ爪は『コウカ』の太いツノにはじかれてしまった。両腕のしびれよりも、『スタッグ』の身体に衝撃が走り抜けた。それは今までと格段に違う、強大な相手だと本能で感じたからだ。彼は夢中で左右の腕を振った。ことごとくそれを受け止めた『コウカ』は不敵に笑いながら彼に言った。
「なかなかのものだな、しかし何度やっても同じだ、おれと互角に戦えるのは『ラクレス』くらいだろう。お前では役不足さ」
『コオカ』のツノが『スタッグ』の脇を貫いた。『ラクレス』が慌てて言った。
「『コオカ』、ヤツは殺すなよ!」
「俺はあんまり気が長くないからな、さっさと『イト』の封印を解かないと、こいつはそのうちバラバラになるぜ」
「『コオカ』、私がいるのを忘れてるでしょ!」
『リンリン』が虹色に輝くソードを構えた。『テンテン』と見間違うほどの素早さで、『コオカ』に一太刀浴びせた。しかしそれは空を斬り、『コオカ』に当て身をされた『リンリン』は気を失って床に倒れた。脇の出血を片手で塞ぎながら『スタッグ』が、それでも『リンリン』の前に出てかばった。
「ふん、仲のいいことだ。そいつはもう人質にもならん、すぐに楽にしてやる」
『コオカ』はツノをいっぱいに開いた。
「お、おのれ。歯が立たない……」
スタッグは肩を落とし、シカバネカナブンに抑えられた。
「……わかりました、封印を解きましょう」
女王がそう言って漆黒金剛石に近づきそれを持ち上げた。
「ただし、条件があります、二人をカラスヤンマに乗せ、エビネ城に届けること。そして、そこで待っている『トビヤンマ』をここに案内することです」
「それに乗って逃げるつもりか?」
『コオカ』が疑って『サキ』に凄んだ。その時、『サキ』は断言した。
「私がお前たちのように嘘をつくと思うのっ!」
「よし、わかった。カラスヤンマを呼べ」
『ラクレス』は封印さえ解かせれば、後は眼中に無い。そこが『コオカ』と根本的に違う。
二匹のヤンマに二人を縛り付け、エビネ城に送り出すと『ラクレス』は『サキ』に話した。
「ヤンマが戻るまで、話してやろう。『レムリア』の遠き昔の話しだ」




