イトの伝説
突然エビネ池の底が抜けた、泡とともに浮かび上がる青い球体があった。それが『青龍刀』を防御用に変えた『ブルー・ストゥール』の繭だ。その中にはフローラ国の王女が入っている。ギンヤンマはずっとそれを見ていた。ふと振り向くと、入れ違いに誰かが潜水して来た。
「『スタッグ』様だ。何事だろうか?」
彼はギンヤンマにここに再び来た理由を伝えた。
「承知しました、お持ちください」
「本当にいいのか?『イト』の封印が解かれるのだぞ」
「どのみち、『ラクレス』たちは『イト』の封印を解くでしょう。問題は再び封印出来るかどうかです。その可能性が少しでもあれば、今は『サキ』様の命の方が大切です」
「『イト』をまた封印出来る可能性があるのか?」
「分かりません、しかしその可能性を持つものが一人、この国に現れました」
「それは、誰だ?」
「『フローラル・由美子』フローラ国の王女です」
「王女にその力があるのか?」
「王国の勇者伝説、『虹の七龍刀』のひとつを持ってこの国に現れました」
『スタッグ』はギンヤンマの話しに耳を傾けた。
「闇の暴君『アギト』と光の暴君『イオ』がこの国に現れた。まさにこの国が破壊つくされようとした時、『虹の勇者』が突如現れた。勇者は『七色の龍刀』を使い、暴君を止め、そしてこの池に封じ『イト』と名付けて祀った」
「ああ、母に聞いたことがある、この『イト』の伝説のことは」
ギンヤンマはそのあとを続けた。
「そして、『虹の勇者』は『七色の龍刀』をこの王国に住む、それぞれの部族に分け与えた。それは平和の証、そして結束の印。闇も光も元はひとつから生まれた、それを滅することはできない。しかし、暴走を止めることはできる。『七色の龍刀』が揃い、王国の良き心が揃ったとき、必ず虹の勇者があらわれる。」
そう言うと、ギンヤンマは『イト』を祀ってあるほこらの中に進んだ。
「良き心が揃いつつあります。かまいません『サキ』様のため、お持ちなさい」
こぶし台の『イト』がほこらの奥に祀ってあった。漆黒の金剛石は長い間この王国を守って来たものだ、彼はそれに手を伸ばそうとした。
「ただし、この方が承諾してくださったら、の話しですがね……」
『スタッグ』が振り返ると、ギンヤンマの隣に人影があった。
「『スタッグ』、良く戻った」
それは、『ヒラタ』大臣だった。彼は地上と池の底をつなぐ道が、『虹の村』にあることを知っていた。フローラ国を出たあと、『虹の村』に戻っていたのだ。
「『宣誓』のあと、おまえがもう一度ここに来ると思って、待っていた」
大臣はそう言うと、微笑んで言った。
「『イト』の件は分かっておる、持って行くが良い。この試練が終わったらな」
「試練?」
大臣の前にまだ真っ白なカブトムシが現れた。彼はこう『スタッグ』に言った。
「わたしはカブト国の王子。わたしを殺したいのであろう」
『スタッグ』の目が赤く輝く。『ラクレス』の呪縛はやはり完全に解けてはいなかった。別人のような声で彼が笑った。
「クククッ、探す手間が省けた。やはり生きておったか、すぐに『キング』の元に連れて行ってやる。『キング』の血筋は新しい王国には必要ないからな」
『ラクレス』の、『王子を殺せ』という呪縛は、他の呪縛が解けた後で発動し、王子の生存を確認したときに『スタッグ』を操れるように、『漆黒テントウ』となった『リンリン』にコマンドを入念に書かせておいた。大臣はそれを見抜いた上での行動だった。白いカブトが高くジャンプした。飴色のタガメのかぎ爪をくぐって何度か蹴り上げた。その足を取り『スタッグ』は、王子を振り回して投げ飛ばした。王子はその場に転がったが、何度も立ち上がって拳で『スタッグ』の腹を突く。そのぶつかり合いの間、『イト』はただ輝くばかりだった。その中で飴色のタガメはさらに濃く体色を変え、すでにオレンジと呼ぶのが妥当な色となった。彼の意識が再び戻って来た。
「俺は、何をしているんだ、身体が何者かに操られている」
彼の目からは、まっ赤な涙が出てきてそれが止まらなかった。
(王子を殺せ、王子を殺せ、王子を殺せ、王子を…)
ずっと耳の奥で聞こえたその声が、やがてもう響かなくなった。正気に戻った『スタッグ』の周囲に、まっ赤な石のかけらが、転がっていた。
「試練は終わった、『スタッグ』もうお前に『ラクレス』の闇は一切ない。さあ『イト』を持っていけ、そして『サキ』を救ってやれ」
大臣はそう言うと彼に『イト』を手渡した。王国の運命は、この小さな金剛石にかかっているのだ、そう『スタッグ』は思った。
水中に潜る『スタッグ』を見送った二人の後ろから、そっともう一人の『サキ』が現れた。
「大臣、私の偽物が『虹の村』にいるのですね……」
「ああ、そいつの見当もついている。しかし、もうしばらくは様子を見よう」
大臣はそう言って、二人を連れて『虹の村』へ続く洞窟に入った。




