我が名は「ラクレス」
「お見事です、どうぞ」
グラスにはいつの間にか隣に座った褐色のヤンマからの「黒葡萄酒」が注がれていた。ヤンマは後始末をする代わりに、卵をひとつ預かって欲しいと言った。酒に酔って殺人を犯す、そんなことがこの王国で許される訳が無い。選択の余地は無い、彼はヤンマから青白く光る卵を受け取った。褐色のヤンマは「カラスヤンマ」の一種だった。異国で手に入れたその卵は青白く光りながら、つねにヤンマに念波を送っていたのだ。
「我が名は『ラクレス』、やがてこの王国を創り直す」
「ラクレス」は、ノコギリ副大臣に念波を送りはじめた。
「キングの血は絶やさねばならない。まずはその卵からだ」
ノコギリ副大臣はやがて「ラクレス」に、心を奪い取られてしまっていた。
事件のショックで部屋に閉じこもったきりの女王を残して、キングは凶悪犯のシロスジカミキリ「ギリーバ」を捉えに向かった。
「お気をつけて、最近不穏な動きが国内に起っておりますので」
「ああ、大臣、ところで残りの卵たちはどうじゃ?」
「はい、私のところでお預かりしている卵は、二、三日後には孵化するでしょう。ハナムグリに預けたものは少し時間がかかりそうですが、順調です」
「そうか、そうか。早く女王に伝えてやりたいな」
「少しまだ気になることがありますので、くれぐれもご内密に願います」
「そうだな、まずは『ギリーバ』か、あいつを全力で捉えて参ろう」
「くれぐれもお気をつけて」
この日凶悪犯「ギリーバ」はキングにやっと取り押さえられた。
「どうじゃ、そろそろ公務に復帰出来そうか?」
大臣は、あの事件以来、身体の不調を理由に自宅に籠っている、ノコギリを見舞った。
「ええ、しかし卵が全て壊されて、落胆されたキングや女王様を見る事は、私には耐えられそうもありません……」
「そうか、しかしそれはお前の責任ではない、悪いのは『オサムシ』だ。それにな、実は卵のうちで、助かったものもあるのだぞ」
それが「ラクレス」の周到な罠だとも知らず、つい大臣の口が滑った。
「ほ、本当ですか?」
目を潤ませて、ノコギリはヒラタ大臣の手を取って大芝居をした。
「おお、本当だとも」
「明日は必ず城に行きます、それを聞いてやっと安心しました」
ヒラタ大臣は、その言葉を聞いてノコギリの屋敷を出た。しばらくして部屋の隠し部屋の扉が開き、巨大な芋虫が現れた。
「やはり、ヒラタ大臣は油断ならない。良く聞き出した、ギラファ。隠し場所はハンミョウに探させろ、あいつは尾行が巧いからな」
「私はどうしましょう」
「明日はヤツをできるだけ城に足止めにしておけ、きっと卵の様子を気にして見に行くに違いない。いいか、くれぐれも大臣に感づかれないようにな」