取引
『テンテン』は『バイス』が残したこのオモチャが、それぞれカマキリ、ハチ、カミキリムシ族のために用意されていたことに、気付いたのだった。このオモチャは虹のしずくと原石からつくられたのに違いない。『バイス』の持っていた原石はトビヤンマに襲われた時に、きっと奪われてしまったのだろう。
『ギリーバ』は屋上で再び触覚を回転させた。一本でもその威力は衰えてはいない。近寄ることができないなっぴは『テンテン』に聞いた。
「あいつ、まだパワーが衰えない、かなり強いわね」
「残り六八パーセント。あと一撃は決めなきゃ」
「分かった、やってみる」
なっぴは『バイオレット・キュー』を握りしめた、そして長く真上に伸ばした。身長の倍以上も伸ばすと、今度はキューをゆっくり倒して斜めに構えた。
そう、それは棒高跳びの要領だ。徐々に助走をつけてキューを水平におろした。
「噛み切ってやるぞ、こい」
『ギリーバ』が噛み切ろうとして牙を剥いた。しかしキューの先は、彼の手前の地面に刺さった。キューが大きく弓なりに曲がった。
「バカめ、長くし過ぎだ。重いから途中で失速したな」
次の瞬間、曲がったキューは、元に戻ろうとする反動で彼女を空中に跳ね上げた。大きな半円を書きなっぴはぐんぐん高く上がる。そして今度はそのキューを、肩幅までに縮めると、真横に持ち替えた。
「何のマネだ」
なっぴはキューを鉄棒に見立てて、空中でぐるぐると回った。そして今度は、キューを担ぎ回転しながら『ギリーバ』の真上から打ち降ろした。
「いくわよ、バイオレット・キュー、ラスト・ショット!」
かけ声とともに、なっぴは渾身の一打を『ギリーバ』の眉間に打突した。
「うげゃあ。む、無念」
「デリート可能、『ギリーバ』のパワー、三三パーセント」
「セット・アップ・デリート・ガン」
なっぴはやっと『デリート・ガン』を抜き、コマンドを言った。
「アイ・トランスファー・イット・トウ・ザ・キングダム。王国にお帰り」
虹の光が照射された。王国へ向かう『ギリーバ』は気を失ったままだった。
「やったわね、大金星」
「えへへっ、まあね」
屋上に誰かが上がって来た。しかしそれは新たなムシビトだった。
「なかなかやるのう、レインボーとやら」
それは、『ギラファ』に違いない。その大きく湾曲した大アゴを見て、なっぴは身構えた。
「フフフッ、お前、足下がふらついているぞ。まあ、わしの話しを聞け」
「だまされちゃ駄目よ、なっぴ」
「だます?『虹色テントウ』、お前の方が本当に正しいのか?」
「何を言い出すつもり?」
『ギラファ』は、『テンテン』にはっきりと言った。
「よく考えろ、人間界にまで戦いの場を広げたのも、この娘を危険な目に遭わせたのもお前だと言うことさ、一方的に『ラクレス』様を悪者にしてな」
「それは『ラクレス』が平和な王国を自分のものにするため、『虹のしずく』を奪おうとしたから。それを私が人間界に持ち出したから」
「かといって、人間界の小娘が俺たちと戦う理由はない。それに、もう『虹のしずく』は必要ない。『イト』の封印がそろそろ解ける、人間界などもはや簡単に来れる。
「『イト』の封印が解ける? まさか『イト』はエビネ池の底よ。誰も行くことのできない池の底」
『テンテン』はハッと思った。『ギラファ』がそれを見て笑った。
「『イト』を引き上げるのは不可能さ。タガメ族の『スタッグ』以外はな」
『ギラファ』はゆっくりと、なっぴに向かって歩きはじめた。
「『ラクレス』様は王国を、弱肉強食の本来の姿に、戻そうとされている。それが生き物にとって自然なこととは思わぬか、虹色テントウよ」
(確かに、私たちの都合で、関係のないなっぴが危険を冒す理由はないわ……)
「いずれにしても『ギリーバ』が倒された今、人間界にあらたな、B・ソルジャーを送還することはない。王国に七色の原石を持ったフローラ国の王女が戻って来たからな、おまえの『虹のしずく』は確かに利用価値はあるが、やはり原石に勝るとは思えないからな」
『ギラファ』は手をなっぴに差し出した。
「さあ、お嬢ちゃん。もう戦う理由はない、おとなしく『虹色テントウ』を渡して、また今まで通り、普通に暮らしな」
なっぴはようやく息が整った。少し休んだからだ。風も五月の風に変わろうとしていた、屋上からみると、真っ青な空に白い雲が、幾つも浮かんでいた。『テンテン』は何も言わなかった。なんとか持ち出せた「虹のしずく」。しかし「原石」の力には及ばない、何よりなっぴを戦いに巻き込んだことを、後悔しはじめていた。
(ごめんね、なっぴ…)




