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なっぴの昆虫王国  作者: 黒瀬新吉
48/112

取引

 『テンテン』は『バイス』が残したこのオモチャが、それぞれカマキリ、ハチ、カミキリムシ族のために用意されていたことに、気付いたのだった。このオモチャは虹のしずくと原石からつくられたのに違いない。『バイス』の持っていた原石はトビヤンマに襲われた時に、きっと奪われてしまったのだろう。


 『ギリーバ』は屋上で再び触覚を回転させた。一本でもその威力は衰えてはいない。近寄ることができないなっぴは『テンテン』に聞いた。

「あいつ、まだパワーが衰えない、かなり強いわね」

「残り六八パーセント。あと一撃は決めなきゃ」

「分かった、やってみる」

なっぴは『バイオレット・キュー』を握りしめた、そして長く真上に伸ばした。身長の倍以上も伸ばすと、今度はキューをゆっくり倒して斜めに構えた。

そう、それは棒高跳びの要領だ。徐々に助走をつけてキューを水平におろした。

「噛み切ってやるぞ、こい」

『ギリーバ』が噛み切ろうとして牙を剥いた。しかしキューの先は、彼の手前の地面に刺さった。キューが大きく弓なりに曲がった。


 「バカめ、長くし過ぎだ。重いから途中で失速したな」

次の瞬間、曲がったキューは、元に戻ろうとする反動で彼女を空中に跳ね上げた。大きな半円を書きなっぴはぐんぐん高く上がる。そして今度はそのキューを、肩幅までに縮めると、真横に持ち替えた。

「何のマネだ」

なっぴはキューを鉄棒に見立てて、空中でぐるぐると回った。そして今度は、キューを担ぎ回転しながら『ギリーバ』の真上から打ち降ろした。

「いくわよ、バイオレット・キュー、ラスト・ショット!」

かけ声とともに、なっぴは渾身の一打を『ギリーバ』の眉間に打突した。

「うげゃあ。む、無念」


 「デリート可能、『ギリーバ』のパワー、三三パーセント」

「セット・アップ・デリート・ガン」

なっぴはやっと『デリート・ガン』を抜き、コマンドを言った。

「アイ・トランスファー・イット・トウ・ザ・キングダム。王国にお帰り」

虹の光が照射された。王国へ向かう『ギリーバ』は気を失ったままだった。

「やったわね、大金星」

「えへへっ、まあね」


 屋上に誰かが上がって来た。しかしそれは新たなムシビトだった。

「なかなかやるのう、レインボーとやら」

それは、『ギラファ』に違いない。その大きく湾曲した大アゴを見て、なっぴは身構えた。

「フフフッ、お前、足下がふらついているぞ。まあ、わしの話しを聞け」

「だまされちゃ駄目よ、なっぴ」

「だます?『虹色テントウ』、お前の方が本当に正しいのか?」

「何を言い出すつもり?」

『ギラファ』は、『テンテン』にはっきりと言った。

「よく考えろ、人間界にまで戦いの場を広げたのも、この娘を危険な目に遭わせたのもお前だと言うことさ、一方的に『ラクレス』様を悪者にしてな」

「それは『ラクレス』が平和な王国を自分のものにするため、『虹のしずく』を奪おうとしたから。それを私が人間界に持ち出したから」

「かといって、人間界の小娘が俺たちと戦う理由はない。それに、もう『虹のしずく』は必要ない。『イト』の封印がそろそろ解ける、人間界などもはや簡単に来れる。


 「『イト』の封印が解ける? まさか『イト』はエビネ池の底よ。誰も行くことのできない池の底」

『テンテン』はハッと思った。『ギラファ』がそれを見て笑った。

「『イト』を引き上げるのは不可能さ。タガメ族の『スタッグ』以外はな」

『ギラファ』はゆっくりと、なっぴに向かって歩きはじめた。

「『ラクレス』様は王国を、弱肉強食の本来の姿に、戻そうとされている。それが生き物にとって自然なこととは思わぬか、虹色テントウよ」

(確かに、私たちの都合で、関係のないなっぴが危険を冒す理由はないわ……)

「いずれにしても『ギリーバ』が倒された今、人間界にあらたな、B・ソルジャーを送還することはない。王国に七色の原石を持ったフローラ国の王女が戻って来たからな、おまえの『虹のしずく』は確かに利用価値はあるが、やはり原石に勝るとは思えないからな」


 『ギラファ』は手をなっぴに差し出した。

「さあ、お嬢ちゃん。もう戦う理由はない、おとなしく『虹色テントウ』を渡して、また今まで通り、普通に暮らしな」

なっぴはようやく息が整った。少し休んだからだ。風も五月の風に変わろうとしていた、屋上からみると、真っ青な空に白い雲が、幾つも浮かんでいた。『テンテン』は何も言わなかった。なんとか持ち出せた「虹のしずく」。しかし「原石」の力には及ばない、何よりなっぴを戦いに巻き込んだことを、後悔しはじめていた。

(ごめんね、なっぴ…)


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