人質
『ドルク』を狙って『スタッグ』は腕を一振りした。しかし彼の鋭いかぎ爪は空を切った。
「お前は、いったい何者だっ!」
「これは何をおっしゃるかと思えば……。『ドルク』ですよ、『スタッグ』様」
「ええい、嘘をつくなっ!」
二度三度、『ドルク』の腕が振られた、それをかわして『ドルク』は少し笑った。
「ふふん、やはり、『イト』の力はラクレスの術をはね返していたのか、厄介な代物だな…。見せてやろう俺の本当の姿を。『コオカ』降臨!」
真っ黒な煙の中、異形のカブトが立っていた。『コオカ』と名乗る異国のカブトは、巨大な三本のツノを震わせた。やはり、この『ドルク』は偽物だった。
(しかしあの時、城にいたのは間違いなく『ドルク』だった。俺は夢でも見ていたのか)
『コオカ』は長い腕をムチのように振り回して、『スタッグ』に近づいて来た。その一撃を避けた後、続けて次の一撃が来た。彼は少し脇腹の肉をえぐりとられた。『コオカ』はそのしたたる血を舐めるとすぐ、つばとともに吐き出した。
「ぺっぺっ、まずい血だ。ムカムカする。まあいい、お前を殺す訳にはいかないからな、おいお前たちも姿を表せ」
『コオカ』が促すと、ふたたび黒い煙が巻き起こった。
「もう一度自己紹介しましょう。『ゲンゴ』を食らった、サシガメの『サイ』、『ケンザ』の顔を奪った、ハンミョウの『マッハ』そして『サギリ』に化けていたのがタイコウチの『チスイ』です。私を殺したなどと『コオカ』様も嘘がお上手だ。ケッケッケッ」
『チスイ』は死んでなどいなかった。素早く彼は女王に近づき、剣を彼女ののど元に当てた。
「女王に何をする!」
「フフフッ、知れたことよ。お前に『イト』を持って来てもらうのよ」
「そんなことは不可能だ」
「嘘はいかんぞ、『イト』に触れられるのは、宣誓を受けたもの、お前ならできるのさ。どうだ良く知っているだろう」
「お前、どうやってそれを知った」
「この城の古文書さ、調べる時間が欲しかったから、お前たちをこの城から逃がしたのさ。池の底にある『イト』は、どうにもわしらには手に負えない代物だからな」
「いけません、『スタッグ』そんなことをしたら……」
「ええい、余計なことを言うな!」
『チスイ』が容赦なく女王の顔を殴りつけた。
「女王に手を出すなっ!」
「では取り引き成立と言うことか。期限は明日の正午までだ、またここで会おう」
是非もない。『スタッグ』は、エビネ池からくる、水の流れに滑り込むと深く潜水した。
「ドガッ」
「いてててっ!」
女王が『チスイ』を蹴り飛ばし、首を振った。それは何と『リンリン』だった。
「何が『いてててっ』よ。本気で殴ったわね、アザになってるじゃないの。この馬鹿っ!」
「後は、本物の女王の方だ。おい、『リンリン』うまくやるんだぞ」
「任しといて、でも本当にそこにいるのね女王たちは?」
「間違いありません」
『マッハ』が金色の長いアゴを意味も無くいっぱいに開いた。




