忍び寄る影
今よりさかのぼること、半年。王国には小さな影が忍び寄っていた。
「そこの紳士、占ってしんぜよう」
国王は身分を隠し、今日は「パトロール隊員」として市中を回っていた。国王に声をかけたのは、エンマコガネの占い師「エンマ」だ。王は普段、占いなど信じないのだが、最近気になることがあったのでその前に止まった。彼はすぐに水晶玉を覗きこんだ。
「何やらあなたの回りには、怪しい雲が立ちこめておる。気をつけなされ、大切なモノを失うと出ておる。しっかりと守らねばならない。花の中、水の中に隠せとのお告げじゃ。それ以上はわからぬが、なるほどやがて嵐が去り空に虹がかかる。素晴らしい、わしも初めて見る光景じゃ。これからあなたは相当な運命に引き込まれそうじゃ……」
国王は最近すこし思い当たる事があった。女王が生んだ卵が全く孵化しないのだ。ヒラタ大臣の報告では、ひとつの卵が他の卵の栄養をすべて吸収しているのだと言う。その巨大な卵は他のよりも二周りも大きく成長し、まだ孵化する予兆は無いと言う。大臣の勧めにより、最後に生まれた卵を10個ほど、急いで別に移そうとしているところだった。
「ずっと昔、巨大な卵から暴君が生まれ、王国は危機に直面した事がある。その時、いずこからか虹色の戦士が現れ、暴君からわが国を守ったのじゃ。古い古い、この国の言い伝えだ」
「キング」は彼の父が話してくれた王国の伝説を思い出した。
「ふっ、まさかな」
彼は一枚金貨を置き、その場を去った。次の客が椅子に座った。
「大臣、一大事でございます、一刻も早く卵の部屋へいらしてください」
最後の卵の手配を終え、城に戻ったヒラタ大臣は「アオカナブン」の報告を受けると、あわてて卵の部屋へかけつけた。
「おお、なんという事だ……」
そこには信じられない光景があった。女王の生んだ卵は全てたたき壊されていた。そして仰向けに倒れている「オサムシ」は首から上がはねられていた。大臣の足下には副大臣の「ノコギリ」がうつぶせで倒れていた。抱き起こすと彼は息を吹き返した。
「大臣、申し訳ございません、間に合いませんでした……。『オサムシ』がここに忍び込んで、大切な卵を片っ端から壊していたのです。そして今度は私に向かってきました。やむを得ず、私のあごで殺してしまいました」
副大臣はその後、何者かに後ろから殴られて気を失ったと言った。数日前から、いくらかの卵を別の場所に移していた大臣は、ほっと胸をなで下ろした。巨大な卵はすでに孵化したのか、どこにも見当たらなかった。
(これでキングの血統は絶えた。「ラクレス」様の王国に一歩近づいたぞ……)
不気味な卵を城に持ち込んだのは、実は副大臣だった。
「ヒラタがいる限り、わしは副大臣のままだ。頭脳も大あごの力も、ヤツごときには負けはしないのに。『虹の村』を管理しているだけのことで大臣とはな」
面白くないことがあると、ノコギリはよく酒場を訪れていた。ある日のこと、得体の知れないものにノコギリは心をとらわれた。
「よせっ、放せ。俺をどうするつもりだ!」
暗い煙が形をなして、ノコギリの両手をつかもうとする。冷たい感覚で凍りつきそうだった。夢中で手を振り回し、それと争った。気がつくと、カウンターに座っていた全員の首が床に転がっていた。目の前のマスターはなに食わぬ顔で、シェイカーを振り続けていた。