イトの封印
「女王、これが何か分かるかな?」
蓋の空いた瓶からは白い煙が立ち上った、それは女王の部屋に昨日から置かれていたものだ。
「な、何をしたの…。あなたたち…」
女王は椅子に崩れ落ちた。小瓶の薬が、次第に効きはじめた。一時的なら『イト』の力を弱めることができる、『イオ』の寄り代である異国のカブトから送られたものだ。
「全く、女王にしかコマンドを伝えない、と言うのは良くできたシステムだ」
「さあ、今度はこの黒葡萄酒を飲ませろ!」
「何を私にさせるのですか、やめてぇ…」
『ヴアッカス』が女王の口をこじ開け、酒を注ぎ込もうとグラスを持った。
「ガン」
扉が蹴破られた。部屋の中の三人が、その音と同時に飛び込んだ男を見た。
「何をしている、お前たち!」
声の主は、美しい飴色のタガメ、『スタッグ』だった。
「なあに、『イト』の封印を解こうと思ってな。ついでに使えなくなった、俺の影武者を始末する方法を考えていたところさ、『スタッグ』」
身構えた『ヴアッカス』が少しずつ『スタッグ』に近寄って来た。
「まさか、父さんたちを殺したのは…」
「今頃気付くとはな、あの『ドルク』でさえ油断したのさ、この俺にな」
「何故、俺に宣誓をさせた」
「国民をだますために決まっているだろう、即位式で『王』の力を見せなければヤツらは従わない。強大な『イト』の力を押さえ込めることが、国王の絶対条件だからさ」
『ヴアッカス』は女王を振り返った。彼女は目の前の兄弟がもう決して相容れないと観念して、苦渋の選択をした。
「『イト』を守りなさい、『スタッグ』……」
「B・ソルジャー『ヴアッカス』そいつを始末しろ!」
しかし、『イト』の宣誓が終わった、飴色の巨大なタガメは、それに怒りを加え、B・ソルジャー『ヴアッカス』と全く互角の戦いをする。
「恐るべき、『イト』の力。『ラクレス』様が欲しがる訳だ」
『ギラファ』はそう言うと、戦いに加わろうと大アゴを開いた。
「何としても、こいつは片付けておこう」
その時部屋にかけこんだ黒い影があった。
「お前は、まさかそんなはずはない」
殺されたはずの漆黒のオオクワガタ、そこに『ドルク』が立っていた。しかも、以前より力がみなぎっている。『ギラファ』は後ずさりをした。『ドルク』は女王を抱え、部屋の隅に座らせた。それを見て、『ヴアッカス』は叫んだ。
「何故だ、俺が仕留めたはずのおまえが、何故ここにいる……」
それが『ヴアッカス』の末後の言葉だった。胴体からはなれた彼の首が『ギラファ』に向かって飛んだ。右手で払い落として『ギラファ』は外に飛び上がった。そして大声で叫んだ。
「乱心じゃ、乱心じゃ。『スタッグ』が新国王を殺した。兄殺しじゃ、乱心ものじゃ!取り押さえろ」
多勢の兵士の、城に駆け上がる足音が近づいてきた。
「早くお逃げ、『スタッグ』。あなたのおかげでこの国、いえ、王国が救われたことは私が見ていました。いつか疑いは晴れます。さあ今は、早くお逃げなさい」
「『スタッグ』さあ出来るだけ遠くへ」
『ドルク』がそう言ったのを聞き、彼は翼を広げた。最後に『ドルク』の前に膝をつき、その勇者に対して最上の礼をとった。
「必ず戻ります、母上」




