宣誓
「お前、まさかあの酒を…」
彼は思いだした。王子は潜水が嫌いだった。いやほとんど水に入らず大人になった。深いエビネ池の底まで潜れるものは、王をのぞけばこの国には、彼の弟王子の『スタッグ』だけだった。
「お父上と違い、王子は物わかりがいい。前祝いにさっき別室でな。クククッ」
「おのれっ『ギラファ』」
突然『フック』の腕が空を切った。後ろに飛んだ『ギラファ』は、窓から外に飛び出しこう言った。
「おっと、折角だが殺し合いは親子水入らずでやりな。片付いたら『ヴアッカス』お前は、手はず通りするのだぞ」
『ギラファ』が狙っていたのは、最初から『ヴアッカス』の方だったのだ。
女王がその物音を聞き、『スタッグ』の部屋を激しく叩いた。
「『スタッグ』、『スタッグ』早くきて頂戴。『ヴアッカス』と父さんが誰かと争っているわ」
彼は急いで駆けつけると扉を開けた。兄の他は息のあるものはいなかった。
「『ドルク』が謀反を起こし、父を殺した。今、俺が仇を討ったところだ…」
「あの『ドルク』が……、本当か?『ヴアッカス』兄さん」
『スタッグ』はあの律儀で実直な『ドルク』が父を殺すとは信じがたかった。しかし、父『フック』を殺すほどの腕を持つものは、この国にはいない。何より彼の信頼している兄の言葉だった。翌日、エビネ国は新国王として『ヴアッカス』を選んだのだ。まだ若い国王ではあったが、弟の『スタッグ』が補佐している、この国は安泰のはずだった。やがてその城も少しずつ壊れ始めた。
「何だって、兄さん、正気か?」
「ああ、これからはそうすることにした。それがエビネ国の権威を高める」
「しかし……」
「なあ『スタッグ』父上と『ドルク』を見ろ、いざとなれば信頼出来るのは血縁だ。そうは思わないか、母上も賛成していらっしゃる。一番潜水の巧い、お前にしか『イトのほら』で三日も辛抱出来ないことも、その理由のひとつだがな」
「母上が……」
(兄に代わって、私が宣誓するというのか。確かに『イト』の力を蓄えた補佐役は必要かも知れない。しかし、国民はそれで本当に納得するのか?)
「本当に母上はそれを承知されたのだな」
「俺を疑うのか、お前に宣誓させるのは、この国の王たる資質があると、俺が誰よりもお前のことを認めているからだろう」
国王の宣誓は、エビネ池の底にある『イトのほら』で代々行われる。そこで国王となる者は身体中に『イトの光』を丸三日間浴びる。それにより邪気を払い、エビネ国を守る誓いを伝説の勇者に高らかに宣誓するのだ。ほらはゲンゴロウでさえ息の続かない、エビネ池の底にある。「ヴアッカス」が弟を宣誓に行かせるのは、配下の『タイコウチ』に彼を襲わせ、殺してやろうと思っていたのだった。
「いいか、息継ぎに水面に戻ることができないように、できるだけ深いところでヤツを襲え。そのくらいならお前たちでもできるだろう」
そんなことは知らず『スタッグ』は母である、『サキ』に見送られ、池に滑り込んでいった。
(以前は父上とともに、ほらの見えるところまで潜ったな。あれからどれくらい経っただろうか、いつの間にか俺の羽も伸び、空も飛べるようになった)
彼はもう少しでほらが見えるところまで来た。待ち伏せていた『タイコウチ』が見えた。しかし襲うどころではない、死にものぐるいで水面に泳いでいった。
「水中でタガメ族に向かって何ができると言うのだ、愚か者めが」
やがてほらを守るギンヤンマのヤゴが迎えてくれた。
「これより、『イト』に三日間、この身を清めていただく」
ほらを案内してくれるヤゴに『スタッグ』は目的を言った。
「お父上に勝るとも劣らぬ、タガメになられましたな」
「その口ぶり、あなたは、父を知っているのですか?」
「イトの力によって、あなたのおじいさんの頃から、私はずっとヤゴのままなのです。さあここからは一人でお行きなさい」
『スタッグ』はまばゆい光に向かって一歩踏み出した。




