狙われた「ヴアッカス」
翌日、今度は王子の『ヴアッカス』も副大臣に呼ばれた。『フック』は曖昧に返事をした手前、どうしてもその呼び出しを断りきれなかった。
(仕方ない、副大臣を捕らえて王国に届けようか)
彼は不本意だが、『ドルク』とともに副大臣を捕らえる決意をした。
「やあ、考えてくれたか?二人とも」
部屋に副大臣が入ると、彼らにさっそく用件を言った。
「ええ、副大臣。よく考えました」
『フック』は立ち上がって窓辺に立ち、外を眺めた。窓からエビネ池が見える。渇きの年でも決して涸れない深い緑の水が城から見えた。
「この国もかつてはカブト国と覇権を争ったことがある。しかしそれは渇水によるものだ。水が無ければ我らは死に絶えてしまう。争いの元は干ばつだった。それを知った伝説の勇者は、暴君を倒した後、我らのために『イト』をこの国に置いたのだ。それ以来この国には二度と渇水は無い」
彼はそう言うと副大臣に向き直った。
「エビネ国だけではない、『フローラ国』も『黒の森』もそして『虹の村』にも、勇者はその宝玉を平和の祈念として分けたという」
『ドルク』はそう話しを続けながら、ゆっくりと立ち上がった。その様子に副大臣は苦笑いをした。
「つまり、我々の仲間には……」
「仲間になるつもりは、毛頭ないっ!」
「そうか、クックックッ」
二人の答えとともに、彼は今度は不敵に笑った。
「じゃあ、ここで死ね」
副大臣は、不気味に笑うと黒いガウンをひらめかせて全身を包んだ。そしてそのガウンが床に落ちた。すでにそこには『ノコギリ副大臣』の姿はなかった。極度に湾曲した大アゴ、褐色の体、そして一回り大きくなった体。ガウンの下からは鋭い目つきのクワガタが現れた。
「副大臣、お前その体は一体?」
「クックックッ、『ラクレス』様にお使えする者、『ギラファ』と呼んでくれ。いや、今日限り、もう俺に会うことも、名を呼ぶ事もないか。さあ来い」
『ギラファ』は大アゴをいっぱいに開いた。『ドルク』は漆黒の太い大アゴを開いた。王国一の力を持つ彼の大アゴは『ギラファ』ののど元をまっすぐ狙っていた。『フック』は『ドルク』の実力を誰よりも知っていた、彼らを遠巻きにして、ただ一言だけ言った。
「殺すなよ、『ドルク』。『ラクレス』の情報を聞き出すんだぞ」
「分かっているって」
数度の立ち会いで、歴戦の勇士は『ギラファ』を取り押さえて、縛り上げた。
「貴様ら、必ず後悔するぞっ!」
「まだ言うのか、そんな世迷い言。さあ、王国へ突き出してやる」
そこへ入って来たのは『ヴアッカス』王子だった。
「父上、何事です。そのものは?」
「反逆者『ギラファ』だそうだ。『ラクレス』と言うヤツの口車に乗った、『副大臣』の成れの果てさ」
『ドルク』が吐き捨てるように『ヴアッカス』に言った。
「『ラクレス』?『口車』?」
「ああ、父上に王国を一緒に転覆させて、新しい国を作らないかと、ばかばかしい。そのために、キングの『王子たち』を殺し、王の命さえも狙っている。妄想に取り憑かれた、悪魔の手先に成り下がったヤツさ……」
王子にそこまで話したとき、『ドルク』に一瞬の油断があった。
「あっ!」
『フック』が声を上げた。そのわずかな隙に『ヴアッカス』は鋭い腕を真横に振り抜き、『ドルク』の首を刎ねてしまった。彼はその首をけり飛ばし、『ギラファ』の縄を苦もなく切った。
「キングの回し者め、『ラクレス様』が作る新しい国は希望に満ちている。そのために多少の犠牲は必要なのだ」
「お前、気でも狂ったか!」
たまらず王子に『フック』は詰め寄った。
「父上こそ、願ってもないこの話しを、何故お断りするのだ。『カブト国』の風下にこれからもずっと立ち続けるつもりなのか」
その王子の吐く言葉に混じり、かすかにな黒葡萄の香りがした。




