お尋ね者
エビネ国に着いた『スタッグ』は、ラクレスが命じた通り、王子の行方を探していた。やがて彼にとって懐かしい城が見えてきた。彼の足は懐かしさのまま城に向かった。誰一人として彼に声をかけるものはいない、そのかわり一瞥の後、陰口だけが聞こえた。
「あれは『バッカス王子』を殺した、『スタッグ』じゃないか?」
「舞い戻って来たのか、あのお尋ね者が……」
「この国を奪うつもりかも知れんぞ」
口々に彼をののしる声が聞こえる。彼は思い出したくなかった、あの日を思い出してしまった。
「あなた、副大臣がお呼びよ」
城の中から、女王『サキ』が王の元に駆け寄ると彼の持つ水瓶を取り上げた。水やりは王の趣味だったのだ、それを取り上げられた彼は少し腹が立った。
「昨日も断ったのに、どうせまた同じ話しさ、放っておけ」
「そうもいかないでしょう、さあさあ、行ってください」
エビネ国の国王『フック』は仕方なく城に戻り、ノコギリ副大臣の前に座った。
「……では、どうしても我らと一緒に、新しい王国を作ってはいただけないのか」
「くどいっ!王国に知らせないだけましだろう。一時の気の迷い、副大臣こそ考え直すべきだろう」
『フック』は隣の部屋にいる、オオクワガタの『ドルク』にも聞こえるように、一喝した。
「何故こいつには黒葡萄酒の効果が薄いんだ?」
エビネ国の国王『フック』は黒葡萄酒を何杯飲んでも一向に倒れる様子がない。それには特別な理由があったのだ。
エビネ国に伝わる秘宝はエビネ池の底深くにあった、その名を『イト』という。『イト』は正しき水源になり、エビネ池に住む水棲昆虫族を、いつも包んでいた。そのため『黒葡萄酒』はなかなか効かないのだ。しかし『フック』も次第に眠りそうになった。それでも仲間に率いれるほどの術は掛かりそうもなかった。
「よいかそのうち、我々は蜂起する。王国内に大きな動きが起る。その際は頼むぞお前たち」
副大臣はエビネ国に向うまえに、配下の『シカバネカナブン』たちにそう言うと、「ラクレス」の卵を「卵の部屋」に隠したのだった。『カラスヤンマ』から受け取ったものは、黒葡萄酒だけでは無かった。
(まあ、今日のところはこれでいいか。この国のムシビトは、キングに忠誠を誓っているからな。とくにタガメ族のヤツらときたら、その体の中にまで厄介な『イト』が染み付いてる。こいつらを完全にコントロールするのは難しい)
そう思い、彼はおとなしく城を去った。入れ替わりに女王「サキ」が部屋に入ってきた。心配そうに女王は眠りかけた王に言った。
「副大臣は何を伝えに来たのですか?」
「ああ『サキ』、よからぬ悪巧みさ。この国をひっくり返して、ならず者の国にするという相談さ」
「あらなんて怖いこと……」
「ハハハッ、断ればしつこいからな。酒に薬を入れて俺に何杯も勧めたが、そんなもの効くもんか、わしはこの国の『イト』に身体の隅まで清められているからな。しかしかかった振りでもしなきゃ、まだまだ飲まされていたに違いない。ハハハッ」
「あなたは特別だものね、でもとなりの部屋の『ドルク』隊長はどう?」
「案ずるな『ドルク』はどんな幻術だって絶対かからない、彼はわしらとは精神の鍛え方が違う。彼は勇者の意志を継ぐものだ」
となりの「勇者」はひとつ咳払いをして、すぐ苦笑いをした。




