由美子、人間界へ
「姫、姫……」
空色シジミは王女の耳元で必死に声をかけた。しかし今まさに、王女の命が消えようとしていた。
「これを使え」
『ダゴス』は迷う事も無く自分の一番小さな目玉をえぐり出し、空色シジミに渡した。彼女はそれが何かを知っていた。
「これは、『ヨミの棺』ではありませんか」
「まさしく、そうだ。もはや姫の意志はこの中に留まるしかない。お前がフローラ国の『ブルー・サファイヤ』を身につけたとき、姫は王国のためきっとお前に力を貸してくださる。お前の母とキングのお妃は、姉妹なのだからな……」
空色シジミ、それが由美子の精、由美子の分身だ。そこまで言うと、『ダゴス』はコガネグモに命じて、姫の体を『ヨミの棺』に納めさせた。『ヨミの棺』は小さくなり、空色シジミの体に沈んでいく。その瞳が薄いブルーに輝いた。
「さあ早く城へ戻りそして旅支度を整えるのだ。『ハガネ』にはわしの技はすべて教えてある、もうコマンドスーツは仕上がっていることだろう。そうだチョウ族には武器があるまい、あれを持っていけ」
彼は洞窟の奥の泉の中の水グモに合図をおくった。水グモは泉の底から壺を持って上がって来た。その小さな壺には伝説の「インディゴ・ソード」が長い間封印されていたのだ。それを受け取ると空色シジミは一番長い、洞窟から森のはずれまで続くトンネルに入った。
「女王に早く伝えなければ……」
空色シジミの『パピィ』は、一度も振り返らずに抜け穴を飛んでいった。
それからわずか三日後、今度のスズメバチは『黒の森』を通り過ぎ、フローラ国を襲ったのだ。しかも、B・ソルジャー『ピッカー』を先頭にして。
「殺せ殺せ、皆殺しだ。キールの仇を取れっ!」
弟の死を聞き、怒り狂った『ピッカー』はさらに凶暴になっていた。だが、新しく作られた地下道を使い、フローラから『黒の森』へとフローラの国民は既に避難していて城はもぬけの殻だ。
「おのれっ!また『ダゴス』か、どうしても邪魔するのなら仕方ない、クモ族どもを全て殺すまでよ。おい、行くぞ」
城から飛び去った『ピッカー』が見えなくなった。壁の向こうの部屋で息を殺していた女王はやっと口を開いた。
「さあ、今のうちに人間界へ行きなさい。『テンテン』と協力して王国を救うのです。フローラ国の王女『フローラル・由美子』としてそれを命じます。」
そう言うと、女王は人型になった娘をきつく抱きしめた。そして青く薄いストゥールを手渡した。
「このストールはフローラ国に伝わる『天羽の羽根』、『ブルー・ストゥール』です。空を自由に飛べるだけでなく、その身を包めば水中、火中、土中でさえ自由に呼吸ができます。からだを周囲に擬態させて隠れることもできる。これがフローラ国の王女の受け継ぐ宝です」
女王は『天羽の羽根』を娘にしっかりと巻き、ヘルメットごしに最後のキスをした。そして凛々しくも美しい、コマンドスーツ姿の娘を窓辺に立たせた。
「『テンテン』が着床する相手は『なっぴ』と呼ばれている小学三年生の女の子。まだ覚醒もしていないはずです。けれど覚醒は『テンテン』の仕事、あなたが手伝ってはなりませんよ」
女王が人間界への扉を開けた。
「フローラ・ミストゥール・レ・インクゥアト」
「さあ行きなさい。由美子」
フローラ国の王女は空色の霧とともに、その向こうに吸い込まれていった。
彼女を一緒に見送っていたのは、乳母のミカドアゲハだった。
「女王様。さあ、城の地下に戻りましょう」
女王はにっこり微笑み、城に集合している精鋭の待つ、地下室へ向かった。




