赤のヒト
最近、夢と現実がごちゃ混ぜになりそうで困る。
なんて悩みを学校の友人に相談してみたところで、「バカじゃねーの」と一蹴されるか「疲れてるのか?」と本気で心配されるだけだと分かりきっているから何も言わないけれど。でも、誰かとこの悩みを共有したいような。悩ましい。進路の次に悩ましい。
なんてぐだぐだと考えているうちに学校の正門が見えてくる。正門の辺りには人だかりができていて、突っ切ることができそうにない。はて、どうしたのだろうか。
どうしたものかと考えていると、一人の女子生徒が俺を抜いていく。
(あ、赤の勇者)
俺は思わずあっちの呼び名で彼女のことを心のなかで呼んでしまう。先日のアッシュナークのテロのせいで、彼女が向こうの世界で命を落としたことは知っている。賢者と魔王と共に各地を巡り活躍してきた勇者の最期はとても悲惨なものだった。
彼女は、どうしてあんな道を選んでしまったのだろうか。きっと逃げることはできたはずだ。勇者だからといって、戦う義務はなかったはずだ。その直前に大神殿で大神官に咎人だとカミングアウトされ、民衆たちに怒りの矛を向けられていたというのに。実際、あのときは俺だって赤の勇者と黄の魔王を心の底から憎いと感じ、罵声を浴びせた。そんな思いも、最期を見せられたときに消えてなくなったけれど。
魔王がどういう人間かは知らないが、勇者は非道な人間ではなかったのだろう。非道な人間が、自分の命を省みず人を助けるなんて俺には到底信じられない。冷静に考えれば、勇者は大神官にはめられたのかもしれないという結論だって導き出せる。……なんて、今となってはどうでもいい話だし、彼女にとって守り抜いた対象である不特定多数の中の一人でしかない俺の考察なんて彼女には関係ないのだろうけれど。
通り抜けをするため、俺は人の群れの中に突っ込んでいく。嫌な臭いがした。
赤の勇者が絶望的な顔をして立っているのがわかる。よく見れば、群れている奴等もみんな同じような顔をしていた。なんだ、みんな何を見ているんだ。
俺は興味本意でそれを見てしまった。そんなこと、しなければよかったのに。
「おっ……げぇぇぇぇッ……」
それを見た瞬間、俺は胃の中のものを思い切りひっくり返した。
食いちぎられたような女子生徒の死体。それは嫌でも、夢の中に出てくる『天敵』を連想させた。
◇
いつの間にか寝てしまっていたらしい。俺は夢の中にいた。
特に何をするわけでもなく、町の外れをブラブラとさ迷い歩く。現実で嫌なものを見てしまったから、気晴らしには丁度良かった。
赤の勇者はあれを見て、どう思ったのだろう。自分が夢の中で散々退治してきたものと同じようなものが現実世界で女子生徒を襲った。その事実を。自分が夢の中で死んだこととか、一体どう思っているのだろうか。
そこまで考えたところで、割と近くから断末魔の叫びが聞こえてきていることに気づく。そちらを見てみると、『天敵』が人を襲おうとしている瞬間を目撃することができた。
「う、わ、うわぁぁぁぁッ!!」
俺には赤の勇者の十分の一ほどの勇気も正義感もない。きっと彼女だったら全力で『天敵』の元へ駆け出して、二本の刃を振るい血にまみれるのだろう。そんなことが出来たらいいなとは思うが、それよりも何よりも、俺は自分の命が一番惜しい。だから『天敵』に背を向けて、襲われている人から目を背けて、全速力で走る。
「ッ、もういない、か?」
後ろを確認しつつ荒れた息を整える。『天敵』の姿は見えない。よかった、こっちに気づいていなかったようだ。
「え?」
前を向き、町に戻っても大丈夫だろうかと考え出したところで目の前のそれに気づく。
大きく口を開けた異形。今にも俺にかぶりつきそうなそれ。この世界での最大の恐怖が口を開いて待っていた。俺は情けないことに声も出せず、体も動かせず、その場にへたり混んでしまう。
「や、やめろ……いやだ、やめろ……やめろ……」
じりじりと後ずさる。『天敵』は俺の動きに合わせてだんだんと近づいてくる。助けは、来ない。
◇
気が付くとそこは学校の教室だった。はて、俺は今まで何をしていたのだろうか。
クラスのみんなは何処か怯えた様子で、今にも取り乱しそうだ。何があったのか聞ける雰囲気ではない。そもそも、俺はこのクラスの一員だっただろうか。記憶にない。
教室の名前を確認してみると、ここが二年の教室であることが判明した。おかしい、どうやら俺は二年の教室に迷い混んでしまったらしい。でも、何故ここにいるのが当たり前であるように俺は存在している? どうして周りは何も言わない?
俺には何も、わからない。