記憶と宝~もう一人のオレ~
ここはどこだろう。手足の感覚がない。
そういえば、おれは誰だ。名前は覚えてる。でも、他は何も思い出せない。
おれの家族は?家は?どこに向かう途中だった?どこから来た?何を求めていた?
こわかった。思い出せなくて、おれがどんな奴かが、分からないのが。誰か教えてくれ。
くそ。おれの記憶!どこに行った、何で思い出せない!
「大丈夫か、しっかりしろ!」
大丈夫かだって?大丈夫なもんか。何も思い出せないのに、平気でいられる奴なんていないだろう。
それどころか、死んだのかもな。今の声が男だったから、きっと世の中で言う神様って奴なのかもしれない。
確かめたくなって、目をうすく開けた。まぶしくてすぐに閉じてしまった。だけど、またすぐに慣れてきて、しっかりと目を開けた。
「院長、目を開けました!」
40代であろう看護婦が、真っ白なひげを生やしたおじいさんに言った。
よかったよかったと、喜び合う声が聞こえた。
「ここは?」
かすれた声で、おれは言った。のどが痛い。
「病院だよ。君は、海に流されていたところを、漁船に助けられたんだ」
院長さんが、おれと目線を合わせながら言った。海?なんでだろう。やっぱり思い出せない。
「君は、誰かね。どこから来た?見かけない顔だが・・・」
おれは首を横に振った。しゃべったら、またのどが痛くなる。
「言いたくないのか?」
一人の医者が、人ごみをわけながら言った。おれは首を横に振った。
「じゃあ・・・、思い出せない?」
院長がそんなわけないよなと言う顔で、おれを指さしていった。おれは首を、縦に振った。
人ごみが、騒がしくなった。
そんなばかな。ありえない。どうしよう。
そんな声が、病室を飛び交った。おれはイライラして、仕方が無かった。
そんなこと言われても困る。むしろ、おれが言いたいよ。大人たちで、勝手に進めないでくれ。
その後、医者や看護婦が全員、病室から出た。初めて、しっかりと部屋を見れた。
ベットは四つ。前の二つは、誰もいない。隣は、カーテンがかかっていて見えない。
「やあ」
隣のカーテンの向こうから、子どもの男の声が聞こえた。声からして、おれと同じくらいの歳。
「ぼく、レオ。もうじき、退院するんだ。っていうのは、ウソ。いつ退院できるか、分からない。」
おれは、カーテンのむこうにいるレオと、よく話をした。
病院の中だから、面白いことはないから、いつもくだらない会話だった。
いつの間にか、友達・・・いや、親友になっていた。
入院してから、だいぶたった日。レオは、初めておれの名前を聞いてきた。そういえば、おれはまだ自己紹介をしていなかったな。
「おれ、ロヤ。」
名前を言ったときの、お前の声のうれしそうなことといったら!おれの名前を言って、喜んでくれたのは
レオ、お前が始めてだよ。
そんなこんなで、おれの退院のときが来た。
最後のレオと過ごす夜。
「ロヤ。君、外の世界でうまくやっていけるかい。大人に惑わされずに、ちゃんとやっていけるかい。
大人って言うのは、君も知っているだろうけど、ずるくて、うそつきで、矛盾しているやつらなんだよ。
もうすぐ治るって言ったくせに、5ヶ月以上たっても治りゃしない。そんなやつらなんだ」
カーテンのむこうで、レオが泣きそうな声で言った。
「大丈夫。おれは、宝探しで金を稼いで、うまくやるよ」
それだけだった。一度も顔を見ずに、おれ達は分かれた。
おれは、宝探しで金を稼ぐといった。
病院に来ていた誰かが落としていった資料みたいな、ポスターみたいなもので、そこに書いてあったのが、おれが病院に来たときからつけていた鍵のペンダントと、同じ形だった。
『この鍵は、ムーンキーといい、この世で一番高価な宝石、ムーンストーンを隠している。
そのムーンストーンは、OO山のふもとの、XX洞窟の遺跡の扉の奥にあることは分かっているのだが、
ムーンキーが見つからず、考古学者は血眼で探している・・・』
と、言うことが書いてあった。
おれは、別に金がほしいわけじゃない。そこに行けば、おれの記憶が戻りそうな気がする。何の根拠も無いが、そんな気がする。
で、おれはOO山に来た。XX洞窟も、でかいからすぐに見つかる。
立ち入り禁止のテープが張られていたが、お構いなしにその下をくぐって入った。
真っ暗闇だ。ライトをつけても、2メートル先ぐらいしか見えない。確か、このまま一方通行で・・・
あった。扉だ。
駆け寄ろうとすると、
「ロヤ・・・、ロヤ・・・」
と言う、声がした。振り返っても、誰もいない。もう一度前を見ると、灰色の髪をしたおれと同じくらいの身長の男子が立っていた。
「どこから来た?」
おれは少し用心して言った。
「オレは、あんたと一緒に来たじゃないか」
そいつは、意外な顔をしていった。
「お前は誰だ」
「オレは、あんただよ。もう一人のロヤ」
もう一人のオレが、にんまりと笑った。
体が凍りついた。もう一人のオレ?
「こっから先には行かせない。あんたは間違ってる」
この言葉には、カチンときた。おれは、一回は賛成してもらはないと、気がすまない性格なんだ。
「あんたがどっから来たか、教えてやるよ。
あんたの家はいつも意見がまとまらない家庭だった。だから、あんたは賛成してもらわなきゃ気がすまないタイプ。
あんたはそんな家庭がイヤになり、家出した。海岸にたどり着いたあんただが、何も持ってこなかったから、売店から万引きを何度もやった。そして、ためた。海に出たと気の食料にするつもりだった。
船を盗んで乗ったあんただが、航海術が無くて嵐に呑まれ、岩に頭をぶつけて、記憶が出て行った。
流れ流れてついたのが、この土地だったのさ。」
そこまで話すと、オレがおれに手を伸ばした。
「ほら、帰ろうぜ。我が家に」
「イヤだ」
やっと言葉が出た。
「今は、ここがおれのうちだ。この土地が、我が家だ。これが、おれの自由だ」
そういうと、オレがこんなことを言った。
「オレはあんたなんだ。あんたは、それがいいと思うかい。それが、本当の終わりだと思うかい」
「ああ、これでいい。もう終わりだ」
「じゃあ、一つだけ守ってくれ。ここにあるムーンストーンを、守ってくれ。あんたが死んじまうまで。」
「ああ、分かった。守ろう」
そういうと、オレは消えた。もやのように、ゆっくりと。
これで、オレのムーンストーンを取る理由は無くなった。
できるのは、このムーンキーを一生持っておくことだ。どんなことがあっても、これだけは守ろう。
そういや、この土地には神に祈るときに言う、言葉があるんだっけな。
確か・・・
光は海に願いは空に
皆さん、記憶が無くなったらどう思うでしょうか?
こわい?心配?むしろ、忘れていたいことが忘れられるからいい?
では、記憶が無くなったらどうしますか?
ほっておく?探しに行く?仕方が無いからあきらめる?
少年ロヤは、恐怖を背負いながらも、自分のことを知りにいきました。
そして、自らの思いを貫きました。
人のために生きるのもいいんだろうけど、まずは自分を充実させてみてはどうでしょう。