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役を降りた後で  作者: ハイカラな人


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4/4

役を降りたあとで

 翌日、昼休み。

 中庭の脇で、またあの二人の声がした。


「本人いる前では大人しいの、余計ウケるよな」

「そのうちクラスにもバラそうぜ」


 あおいは少し離れた場所に立っていた。

 聞こえていないふりをしているのか、本当に聞こえていないのかはわからない。

 だが、肩の固さだけで十分だった。


 あみは迷わなかった。

 高潔な正義感が燃え上がった、というほど綺麗な話ではない。

 ただ、ああいう、何の中身もないくせに人を踏んで笑う類の醜さを見ると、反射的に腹が立つだけだ。


「何が面白いの?」


 二人が振り向く。

 あみは、感情を乗せずに続けた。


「私、あおいと映画の話してるけど、笑う要素ある?」


「いや、別にそういうんじゃなくて」


「じゃあ何。服が可愛いとか、ネットで別の名前使ってたとか? それで何がどう困るの」


 相手は口ごもった。

 当然である。

 中身のない嘲笑は、問い返されるとすぐ死ぬ。

 最初から、生きているように見えていただけの雑音だからだ。


「ないなら終わりでいいよね」


 その言い方が一番効いたらしく、二人は視線を逸らして去っていった。


 あおいは、しばらく動かなかった。

 やがて、低い声で、


「……ありがとう」


 と言う。


「礼はいらない」

 あみは即答した。

「私は、ああいう雑な笑い方が嫌いなだけ」


 それは本当だった。

 そして、本当だからこそ、昨日の傷も嘘にはならなかった。


 放課後、二人は校舎裏の自販機の前で話した。


「あのさ」

 あおいが言う。

「もう、女のふりはやめる」


 あみは黙って聞いた。


「でも、可愛い格好はやめない。そこは別だから」


「うん。それは別」


 即座に返ってきた言葉に、あおいは少しだけ目を伏せて笑った。

 たぶん、その切り分けを一番欲していた。


「ただ、もう隠すのはやめる。少なくとも、近くにいる人には」


「全部言えるの」


「無理なこともあると思う」


「じゃあ、言えないって言って」


 あみは、まっすぐにあおいを見る。


「誤魔化すんじゃなくて、言えないって。そう言ってくれたら、私は待つか、離れるか、自分で選べるから」


 あおいは、ゆっくりうなずいた。


 二人はそこで、新しい約束を作った。

 嘘はやめる。

 どうしても言えないことは、言えないと言う。

 嫌なら距離を取る自由を、お互いに残しておく。


 信頼は、元通りには戻らない。

 当たり前だ。壊れたものは、だいたいそのままでは戻らない。

 だが、壊れたあとでしか作れない形もある。

 それは、綺麗事ではなく、単なる事実だ。


     *


 次の週末、二人はまた映画館にいた。


 派手な宣伝も、賞歴もない、小さな上映作品。

 誰かが誰かを演じ続けて、最後にその役を降りる話だった。

 終盤の静けさに、あみは少しだけ胸が苦しくなった。


 エンドロールが流れ始めても、二人は立たなかった。

 館内の暗さの中では、顔を見なくて済むぶん、言葉が少しだけ言いやすい。


「ねえ」


 あみがスクリーンを見たまま言う。


「うん」


「役を降りても、あなたはあなたでしょ」


 あおいは、すぐには返事をしなかった。

 暗闇の中で、何かをこらえるような沈黙が落ちる。


 やがて、低く、今までで一番自然な声で言った。


「じゃあ今度は、最初から“俺”で話す」


 あみは小さくうなずいた。

 それで十分だった。


 サーバーはもうない。

 夜ごとに集まっていた部屋も、ログも、アイコンの並びも消えた。

 けれど、そこで交わした言葉まで消えたわけではなかった。


 共通の「好き」だけで、関係は続かない。

 そんなものは、きっかけにはなっても、土台にはならない。

 だが、共通の「好き」があったからこそ、壊れたあとに作り直せるものもある。


 画面の中の役を降りたあとで、なお残るもの。

 エンドロールのあとにも席を立たずにいられる相手。

 それが何なのかを、二人はまだうまく名づけられなかった。


 名づけなくてもいい、という気もした。

 無理にラベルを貼ると、逆に痩せる感情もある。


 館内が少し明るくなる。

 あおい――いや、あおい本人が立ち上がる。

 レースの細い襟が、今日もシャツの下から少しだけ見えていた。

 隠しきれていないのではない。

 もう、完全には隠す気がないのだ。


 あみも立つ。

 二人は並んで出口へ向かった。


 もう、誰の役でもないままで。


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