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役を降りた後で  作者: ハイカラな人


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3/4

嘘が割れる音

 確定というものは、たいてい、どうでもいい場所からやってくる。


 放課後。

 あみは廊下の角で足を止めた。

 教室の陰で、二人の男子が笑っていた。


「見た? あいつ、この前もまた可愛い系の服着てた」

「しかもネットじゃ女のフリしてたらしいよ。男なのに」

「キモくね?」


 名前は出なかった。

 だが、次に聞こえた名字で、あみの背中が冷えた。


 あおい。


 その瞬間、全部つながった。

 制服も、行事も、廊下の長さも、図書室の寒さも。

 あれは全部、同じ学校の話だったのだ。


 ショックは、「男だった」ことではなかった。

 そこは本質じゃない。

 あみは、役と役者は別だと思っているし、好きなものに性別で線を引く考えも嫌いだった。


 痛かったのは、信じていた関係の土台に、ずっと偽装が一枚挟まっていたこと。

 自分だけが、その形を知らないまま話していたこと。

 そこだった。


 その場で言い返せなかった。

 あの二人に、ではない。

 もっと別の痛みに、体が追いつかなかった。

 あみは踵を返して、そのまま昇降口まで歩いた。

 誰にも会いたくなかった。


 夜、着信が来た。

 画面に出た名前を、しばらく見つめたあとで取る。


「……もしもし」


 少しの沈黙。

 それから、あおいが言った。


「聞いた?」


「聞いた」


 また沈黙。

 逃げ道のない、硬い沈黙だった。


「なんで言わなかったの?」


 責めるつもりで言ったのに、声はひどく静かだった。

 怒鳴るほど単純なら、まだ楽だったのに、とあみは思った。


 あおいは、すぐには答えなかった。

 言い訳を選んでいるというより、どこから崩れればいいのか探しているようだった。


「最初は……軽かったんだ。女の名前のほうが変に絡まれにくかったから。話しやすかったから」


「……うん」


「でも途中から、軽くなくなった。言ったら終わる気がした。男だって知ったら、反応が変わるかもしれないって。可愛いものが好きだって知られたら、今までみたいに話せないかもしれないって」


 あみは黙って聞いた。


「前に笑われたことがあるんだ。現実でも、ネットでも。だから、せっかくいられた場所を失いたくなかった」


「それで、私には嘘をついたままでもよかったの」


「よくはなかった」


「でも、そうした」


「……そう」


 認める声が、思ったよりも真っ直ぐで、あみは逆に苦しくなった。

 開き直らないことは、潔さではあっても、免罪符にはならない。


「あなたの趣味は否定しない」

 あみは一語ずつ置くように言った。

「男でも女でも、可愛いものが好きでも、そこはどうでもいい。そこを笑うつもりはない」


 電話の向こうで、あおいが小さく息を止めた。


「でも、“私を信じない嘘”は傷つく」


 それが核心だった。

 可愛い服のことではない。

 性別そのものですらない。

 あみは、自分が試されたことに傷ついていた。

 この人は、最後まで本当のことを言わなくてもいい相手だと判断されていた。

 その事実に。


「ごめん」


 あおいの声は震えていなかった。

 震える資格もないと思っている人間の声だった。

 そういうところが、余計に痛い。


「怖かった。……でも、傷つけない言い訳にはならない」


 あみは、それに対して、すぐには何も返せなかった。

 許すとも、切るとも決められなかった。

 だから、「今日はもう切る」とだけ言って通話を終えた。

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