第九話 浴衣メイクで初デート
校門の前で、颯太先輩と二人きりになった。
「この前……助けてくれてありがとうございました」
ぎこちなく、ぺこりと頭を下げる。
先輩はスマホをポケットにしまって、少し笑った。
「ほんと。あのときは、びっくりした。ななみちゃんが、ぷか~って浮かんでて。 気がついたら飛び込んでた」
恥ずかしさで頬がじんわり熱い。
「すぐに、ちゃんとお礼しなきゃって思ってたんですけど……」
沈黙が流れたあと、颯太先輩が言った。
「いいよ、別に。 そのお礼の代わりって言ったらなんだけど、
今度の夏祭りさ……一緒に行かない?」
「え……? また、みんなで?」
「ななみちゃんと。ふたりは、だめかな」
心臓がドクンと跳ねる。
「えっと……真白も誘って、みんなでっていうのは、だめですか?」
先輩は、ほんの少しだけ目を細めて笑った。
「そっか。まあ、それでもいいけど……。できれば、二人がよかったんだけど」
先輩は、私の表情を見てから、
「困らせてごめん。でも、返事、待ってるから。じゃあ」
先輩は手を振って、少し早足で行ってしまった。
残された私は、動けないまま、校門のところに立ち尽くしていた。
***
その日の夜、真白にLINEした。
真白~
昨日、颯太先輩に夏祭り誘われたんだけど
ふたりで行こうって言われたよー
もうどうしよう
え!?デート!?
ついに来たか~!
ちがうし!!
真白も一緒に行ってよ!お願い!
デートの邪魔するほど野暮じゃなし
だからデートじゃない!
命の恩人の頼み断っちゃダメッしょ
もうっそれ言わないでよ(泣)
てか
その日マジ無理
お店の手伝い
Lavie?
うん
その日はお店の浴衣レンタル手伝い入ってるんだわ
アシスタント急用で人手たりないし
着付けとかするの?
まさか
飲み物出したり雑用係
もうムリ
詰みました……
まぁまぁ
浴衣着て行ってきな
ちょっと勇気出るかもよ?
うちの店で借りなよ~!かわいいの揃ってるから!
スペシャル価格にしときますww
何それ
商売っ気強!
***
結局――Lavieで浴衣をレンタルしてしまった。
選んだのは、藍色ベースに朝顔の模様が描かれた浴衣。
ぱっと見は落ち着いているけれど、光が差すと青の濃淡がやさしく揺れる。
帯は、ラベンダー色の淡い紫。
「文庫結びにしましょうね」と、スタッフの人が言ってくれて、それもなんとなく嬉しかった。
髪は軽くまとめて、後ろでゆるく留めてもらった。
すこしだけ前髪を流して、揺れるピンをひとつ。
下駄は、白地に小さな花模様の鼻緒のものを選んだ。
控えめだけど、さりげなくちゃんとしてる感があるのも、なんか安心する
メイクだけど、ベースは汗をかいても崩れにくいように、薄づきのUVパウダーをほんの少し。
肌そのものの透明感を活かして、ピーチのチークは控えめに。
まつ毛はビューラーですこしだけ持ち上げる。
リップは、浴衣の朝顔に合わせてローズピンク系で決めている。
着付けが終わると、ちょっとだけ勇気が出た。
お店を出るとき、真白が耳元で「頑張って!」とささやく。
「デートじゃない。これは、お礼……」
声にしてみたけど、心はまだざわざわしてる。
***
夏祭り会場。
颯太先輩が私に気づくと、ちょっとだけ目を見開いて、それから笑った。
「うわ、めっちゃ似合ってる。なんか、びっくりした」
「えっ、そんなこと……」
顔が、じわっと熱くなってくる。
男子にこんな風に褒められるの、初めてだ。
「……ありがとうございます」
ちょっと、照れくさい。
人が並んでいる出店を横目に見ながら、私と颯太先輩は歩いていた。
「かき氷食べる? それともりんご飴?」
「え、どっちも好きです」
「じゃ、両方買う?」
そう言って笑う先輩の顔を見て、ちょっとだけ気持ちがほぐれてきた頃――。
「えっ、ななみちゃん?」
急に、横から声をかけられた。
びくっとして振り向くと、美幸先輩と拓海先輩が並んで歩いていた。
美幸先輩は、私と颯太先輩を比べるようにじっとに見た。
……恥ずかしい!
別に悪いことしてないのに、なんか見つかっちゃった感じになる。