第七話 がんばれの声
……悠馬くん、今、こっち見た?
ちらっと、悠馬くんの方を見てしまう。
わっ、目が合っちゃった。
あれっ? もしかして、顔、赤くなってる?
悠馬くんは、急に立ち上がったかと思うと競泳プールに向かって走り出した。
そして、先に泳いでいる二人の横のレーンに勢いよく飛び込んだ。
水しぶきが高く跳ねた。
ものすごいスピードで前の二人にぐんぐん追いついていく。
えっ……速っ
「がんばれ!」
思わず声が漏れた。
自分でもびっくりするくらい、大きな声だった。
真白が、ちょっと驚いた顔で私の方を見た。
「ゴール! 悠馬の勝ち!」
美幸先輩の声が響いた。
三人が、プールの端にタッチして、プールから上がってくる。
はぁ、はぁと肩で息をしてる。
「悠馬、めっちゃ速いじゃん!」
「そこの三人、飛び込みは禁止だよ。危ないから」
監視台の上からスピーカー越しに声が響いた。
「すみませんでしたー」
三人が大きな声で謝ってる姿が子どもみたいで、なんだかおかしくて、笑ってしまった。
***
笑い合いながら美幸先輩たちがもどってきた。
「悠馬は、昔からななみちゃんに応援されると頑張るからなー」
「えっ、何言ってんだ。そんなこと……」
また、悠馬くんの顔が赤くなってる。
私も、急に顔が熱くなってきた。
なんだか、みんなの視線がこっちに集まってる気がして、その場にいられない気持ちになった。
「……泳いでくる」
そう言って、立ち上がってプールに向かった。
ラッシュガードを脱いで、そっと水の中に入る。
冷たい水が肌を包んで、少しだけ気持ちがシャキッとした。
ゆっくり泳ぎ始める。
水の中は静かで、さっきまでのざわざわが遠くに感じる。
プールの真ん中あたりに来た時、急に景色がぐるっと回った。
え……?
目の前がぼやけて、体がふわっと浮いた。
***
気がつくと、医務室のベッドの上に寝かされていた。
「……え?」
「起きたの……」
美幸先輩が、ほっとしたように言った。
そうだ、溺れたんだった。それで、誰かに助けられて、医務室に運ばれて……
ベットに横になって、いつの間にか眠ってしまったのか。
ところどころ、記憶があいまいだった。
「熱中症だって。
ちょっと脱水もあったみたい。颯太がすぐに気づいてプールに飛び込んで助けてくれたからよかった。
すぐに、ななみのお母さんが迎えに来るって」
真白は、私の手をそっと握っていた。
その手が、すこし冷たくて――それが、安心に変わった
「……ごめん、迷惑かけて」
自分でも驚くほど、かすれた声だった。
「なに言ってんの」
真白が、ちょっと怒ったように言う。
「悠馬くんたちは?」
「外で待ってる。今、気が付いたって言ってくる」
真白は、そう言って部屋を出た。
***
「ごめんね、ななみちゃん。わたしが誘ったばっかりに、こんなことになっちゃって……」
先輩の声は、いつもより少しだけ静かだった。
「いえ、そんなこと」
「でも、来てくれてありがとう」
「……?」
「 最近、悠馬が元気なくて、ななみちゃんに元気づけてもらえたらって、思ってたの」
え……?
元気なかったって……悠馬くんが?
「でも、今日の悠馬、久しぶりにちゃんと笑ってたよ。ほんと、ありがとね」
先輩は、そう言って少しだけ笑った。
医務室のドアが勢いよく開いて、ママが少し息を切らしながら、私のそばに駆け寄ってくる。
「ななみ! よかった……もう、心配させないでよ……」
ママは私の手を握って、何度も頭を下げながら、美幸先輩たちと医務室の先生や看護師さんにお礼を言っていた。
「ありがとうございました。ほんとうに……」
ママの手のぬくもりを感じながら、涙がこぼれそうになった。