第五話 本当の輝き
放課後、急いで学校を出る。ドキドキが止まらない。
急いているからなのか、それとも胸の奥のざわめきのせいなのか……
電車を乗り継いで、走って、滑り込むように空港のロビーへと飛び込んだ。
ガラスの塀の向こうに、大貴さんの姿が見えた。
お母さんと、そして知らないきれいな女性が隣に立っていた。
三人は楽しそうに笑っている。
「あの人が……韓国に一緒に行く人か……」
胸の奥を、チクリと悔しさが刺す。
知らないその人に、大貴さんを『取られた』みたいで。
吹っ切れたと思ってた。
フラれたときの夜も、泣かなかったのに。
お母さんが私に気づいて、手を振る。
目が合った瞬間、表情がふわりとやわらいで、私の名前を呼んだ。
急いで駆け寄ったから、息が少し、荒れていた。
「大丈夫、真白ちゃん? 走ってきたの?」
私は胸の鼓動を落ち着かせながら、息を整えて答えた。
「……あの、お二人とも、韓国で頑張ってください!」
告白のことを思い出して少し緊張したが、ちゃんと、冷静に言えた……はずだった。
言い終えた瞬間、三人が一斉にきょとんとした顔で私を見る。
「やだ、私、行かないわよ」
「え……?」
お母さんが間に入って説明してくれた。
「このひとは太田美月さん。来週からお店に入ってもらいます。
ヒロくんが、自分の代わりにお店に来てくれるように頼んでくださったのよ」
美月さんと言われた人は、にこやかに頷きながら、少し照れくさそうに自己紹介する。
「太田美月です。大貴くんとは美容学校の同期なの。
子供が今度、幼稚園に入って、また仕事がしたいなって思ってたら、大貴くんが声を掛けてくれて。
よろしくね! 真白ちゃん」
その話を聞いた瞬間、顔がじわりと熱くなる。
……わたし、思いっきり勘違いしてたんだ。
恋人かと思って、内心ちくっとしてた自分が恥ずかしい。
大貴さんは、みんなに丁寧に礼を言ったあと、大きなキャリーケースを押してゲートへと向かった。
背筋を伸ばして、ゆっくりと入場ゲートの中へ。
その後ろ姿が、ゆっくりと遠ざかっていく。
それを見つめながら、心の中で、ぽつりとつぶやいた。
「……頑張ってください、大貴さん」
***
「こちらどうぞ。アイスコーヒーで合ってますよね?」
トレーを手に、お客さんの前にそっと飲み物を置いた。
笑顔を忘れないようにしながら、そっと立ち上がる。
私は、手が空いているときは、できるだけお店の手伝いをするようになった。
カウンターの奥では、お母さんが予約電話の応対をしていた。
「ええ、三十日の午後一時ですね。少々お待ちください」
「美月さん、三十日の午後一時、空いてるかしら?」
「はい、大丈夫です」
パソコンの画面を確認してから、美月さんが微笑みながら頷く。
予約表には、毎日の予定が少しずつ埋まり始めていた。
あの事件のあと、一度は真っ白になったスケジュールが、少しずつ色を取り戻していくみたいだった。
ネット事件――あれは、思い出すだけでも胃の奥がきゅっと重くなる。
でも、再生回数が少なかったことが幸いしたのか、あれっきり大きな騒ぎにはならなかった。
「運がよかった」と言うのも違う気がする。
けれど、それでも――本当に、よかった。
あんなことがあっても、変わらず通ってくれる人たちの姿を見るたびに、胸の奥にぽっと灯りがともるようにあたたかくなる。
そして何より、美月さんが来てくれたことで、お店は少しずつ、確かに変わっていった。
ネットに詳しい美月さんのおかげで、Ravieもネット予約ができるようになった。
ネットでの評判を見て、初めて来てくれる人も増えた。
「この分だと、大貴くんが戻ってくるころには、もっともっとお客さんが増えてますよ。きっと」
「お客さんを増やすのも大事だけど、一人ひとりを大切にね」
「はい、もちろんです!」
***
大貴さんが出発してから、半年くらい経ったころ。
みんなに宛てたメールが届いた。
メールには、韓国での様子が綴られて、最後にこう書かれていた。
『今度、会ったときに真白ちゃんの内側にある輝きまで引き出せるよう、しっかり勉強してきます』
お母さんと美月さんは、「何のこと?」って顔をしている。
私だけがわかるメッセージに、胸の奥がじんわり熱くなった。
送られてきた写真は、美容学校の教室らしき場所で、たくさんの外国人に囲まれて笑っている大貴さんの姿。
あのときの優しい目のままで、ちゃんと自分の夢に向かって進んでいるように見えた。
わたしも、頑張らなきゃ。
もっともっと輝けるように――大貴さんに、ちゃんと胸を張って会えるような自分になるために。
(了)
なんとか、完了しました。
ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございました。
感想とかくれると嬉しいです。
これで一旦、完結です。次の高校生編は構想中です。




