第一話 失恋はかわいいの始まり
夕暮れの河川敷のグラウンド。
一人で練習をする少年野球チーム”朝日ファルコンズのエース”佐久間悠馬くんを呼び止めた。
私は、春坂ななみ。小学校六年生。
悠馬君と同じチームの準レギュラー、という名の補欠。
今日は勝負の日。
小学校卒業と一緒にチームも卒業。
もう、今までみたいには会えない。
「あの……私、悠馬くんのこと……好き、です。
ずっと憧れてました。中学になったら付き合ってください」
声が震えているのは、風のせいだけじゃない。
沈黙が重い。
止まった時間の中で、心臓だけがフルスピードで動いている。
悠馬くんが私の顔を、まっすぐ見つめてくる。
そして、
「……俺は、かわいい子が……」
それだけ言って止まった。
そして、私から目をそらしたと思ったら、くるっと背を向けて猛ダッシュで走り去ってしまった。
私はその場に立ち尽くしたまま、手をぐっと握りしめていた。
えっ……なに、今の……?
フラれた? 私、フラれたの?
振り返って彼の目線の先を追うと、河原の堤防道に学校一番の美人、氷室真白が立っていた。
くすっと笑ったような気がした。
そして、私に背を向けて歩き出す。
……フラれたところ見られてしまった。
***
家に帰って、夕食をほとんど口にしないまま、お風呂に入った。
そして、泣いた。
お風呂から上がって、髪も乾かさないままベッドに潜った。
また泣いた。
泣きながら、いつの間にか眠っていた。
次の日、鏡に映った私は――目の下が真っ黒だった。
クマって、こんなふうになるんだ。
痛々しいって自分の顔に感じたのは初めてかもしれない。
寝ぐせのついた髪を一生懸命整えて学校に行く。
教室に入ると、みんながこっちをちらちら見て、何か言いたげな顔をしている。
誰も声をかけてこないくせに、目だけが私を捕まえてくる。
クマが目立ってる? それとも寝ぐせ?
親友の朝倉美羽――同じチームの女子――が慌てた顔で近寄ってきた。
「ななみ、ちょっと。こっち」
美羽は私の腕を引いて、教室の外に連れ出した。
「ななみがフラれたって噂になってる」
頭が一瞬、真っ白になった。
昨日のことは思い出したくなかったのに――みんなに知られてるって。
……なんなの、それ。
その日はずっと、針のむしろだった。
笑い声も、みんなの視線も、すべてが私に向けられたように聞こえた。
教室に座ってるだけで、呼吸が浅くなる。
帰宅後。
昨日とまったく同じパターン。
違ったのは、お風呂上り、美羽に LINE で悠馬くんの話を散々ぶちまけたこと。
「何それ かわいい子って」
「めっちゃ傷ついた(泣き)」
「最悪(怒)悠馬 絶対許せん」
「シメてやる」
「シメるってこわ」
「でも段々腹立ってきた(怒)」
「かわいくなって見返してやれ!!」
「なれるかな?」
「なっちゃえ!なっちゃえ!」
***
次の日、人生はじめてのニコ☆プチを手にした。
「“中学校でメイクデビュー”特集」――そんな言葉に心がふわりと揺れた。
昨日、美羽がいってくれた言葉。
「かわいくなって見返してやれ!!」
本当に、そんなことできるのかな。
モデルの女の子たちが笑っている。
肌はつやつやで、まつ毛はきらきらしてる。
チーク、リップ、アイブロウ……
何から買ったらいいの?
メイク方法も、何度読んでも、どうやってやるのか、ピンと来ない。
おすすめ動画も見たけど……私、めっちゃ不器用だから目とか突きそう。
***
次の土曜日。
取りあえず商店街のドラッグストアに入ってみる。
初めてのコスメコーナー。
棚には、ニコ☆プチで見たブランドがずらり並んでいる。
すごくきれい。
少しだけ手を伸ばして、色なしリップを指先でそっとつかんだ――そのとき。
視界の端に、見覚えのある横顔。
えっ?
そっと顔を向ける。
やばっ。見つかったら絶対はずかしい。
どうしよう。隠れる? いや、それも変すぎる。
通りすぎるふり? でも、さっき目が合った気が……
気づいたら、くるっと体を反転して棚の陰に隠れてしまった。
コスメを持ったまま、身動きできない。
「……ななみ?」
真白が立っていた。
やっぱり見つかってる。
……なんで、こんなときに限って現れるかなぁ。
以前に書いたものを手直ししました。