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眠る惑星

作者: 村崎羯諦

 ようこそ、エリダヌス銀河第3小衛星 ティア・ノクス、通称『眠る惑星』へ。


 私、この惑星で惑星案内担当をしているリリス・オートラと言います。気軽にリリスと呼んでください。


 ユシロさんは地球と呼ばれるソル系第三惑星から通商査察のためにいらしたとお伺いしてます。私はあなたのような来訪者に対して、この惑星を案内して、この惑星のことを深く知ってもらう。わかりやすくいうと広報みたいな役割をやっています。


 さて、もうご存知かと思いますが、改めてこの惑星について紹介しますね。ティア・ノクスはその特異な自転軸と公転軸、そして周囲を巨大惑星に囲まれているという惑星分布の影響により、地球時間で言うと四年三ヶ月間の夜と八ヶ月の昼を交互に繰り返す星となっています。つまり、この惑星に流れる時間のほとんどは夜ということを意味します。


 私を含めたこの惑星の生物は、皆この惑星周期に適応するように進化してきました。この惑星における長い長い夜の間、森も海も鳥も魚も虫も、全て深い眠りにつきます。冬眠という現象に近いかもしれませんね。眠ることで、無駄なエネルギー消費を抑え、夢の世界に身を委ねる。この惑星にとって眠りは命を守る方法であり、アイデンティティでもある。これがこの惑星が眠る惑星と言われている所以です。


 では、どうして私が起きているのか、そう疑問に思いますよね。実は私はこの惑星での特異性質を持った生命体なんです。インソムニア。ユシロさんの惑星ではこのような名前で呼ばれているようですね。皆が長い長い夜を過ごすために眠る中、今惑星でただ一人、この夜を寝ずに過ごしている、それが私という存在なんです。


 話が長くなりましたね。早速この星を見ていきましょう。この惑星はとても小さな惑星ですので、この惑星のすべてとはいかないまでも、多くの場所をご覧いただけると思います。


 眠る人々の町並みも、静かに息をする鉱山も、夜の間に働き続ける機械の森も。案内ならすべてお任せください。目を閉じることのない私が、この惑星の夜を隅々までお見せしますから。


 さあ、一緒に歩きましょうか。



 今私たちがいるのがティア・ノクスの唯一の市街区です。光の季節が終わると、街はゆっくりと眠りにつきます。


 眠りにつくと言っても、単に人が寝静まるだけじゃありません。ビル群は外気を遮断するために外殻を閉じ、内部は自律機構で最低限の温度と酸素濃度が保たれています。


 街全体が一つの繭のようだ。他の惑星からいらっしゃった方がそう表現したことがあります。昼に聞こえていた喧騒が長い静寂に置き換わり、長い長い夢を見続ける人々を、街そのものが優しく包み込んでいるのです。


 こちらの方向にはティア・ノクスの黒樹林が広がっています。森もまた眠ります。樹木は葉をすべて閉じ、内部の液循環をほとんど停止させ、根の奥深くにわずかな光合成産物を蓄えて過ごすんです。


 動物たちもまたほとんどが休眠巣に入り込みます。この惑星の生態系は長い夜を生き延びるために、代謝を極限まで絞り、必要とあらば何代もかけて眠りの中で種を更新します。


 街も森も、人と同じです。眠りながら、確かに息をしている。それがこの眠る惑星に住む生命体の姿なんです。


 市街地を抜けて、ここからは工業区画です。ティア・ノクスの地下層に沿って複数の鉱脈が埋まっていて、他の惑星ではほとんど見つからない希少鉱物が取れるんです。


 街は眠りに沈んでいますが、鉱山と工場だけは夜のあいだも目を覚ましたままです。住民たちが夢を見ている間に、この星の自立生産システムが黙々と働いています。


 ここで作られるのは石鹸から蛍光体、さらには弾薬までさまざま。原材料の調達から製造、さらには輸出まで全てが自動で行われており、工場区画の大半は人が踏み入る必要すらありません。


 内部には自己修繕型のロボットが無数にいて、自分で機械の腕を交換し、配線を組み直し、熱交換ユニットを磨き、眠り続ける住民のために働き続けています。


 あまりにも小さい惑星なので驚かれるかもしれませんが、次が最後です。私の好きな場所をお見せしますね。見えてきましたか? 夜よりも深く暗い、あれがこの星の海です。


 このような海が存在する惑星は銀河全体の中でも数%と、とても少ない。ティア・ノクスはその数少ない惑星の一つです。


 街も森もみなが夢の中にありますが、この海だけは、夜のあいだも小さく波打っています。


 私はこの場所が好きです。誰もいない砂浜に座って、長い長い夜を一人で過ごすんです。


 波の音は、眠りに似ています。眠れない私でも、目を閉じると私には見れないはずの夢を見れるような気がするから不思議です。


 この海は眠れない私に寄り添ってくれている。馬鹿げた考えだと笑われてしまうかもしれませんが、私は時々そんな風に考えてしまいます。


 惑星の案内はこれでお終いです。ご満足いただけましたか? ぜひこの眠る惑星と通商契約を結びたいということであれば、この惑星が目覚める頃にご連絡ください。


 地球という遠い遠い惑星からはるばるお越しいただきありがとうございました。私も久しぶりに誰かと話せて楽しかったです。


 地球に戻られても、どうか覚えておいてください。ありとあらゆるものが眠るこの惑星で、目を覚ましたままのものが皆の安らかな眠りにために祈り続けていることを。


 それでは、おやすみなさい。光の季節がまた来るまで、私はここで波の音を聞いています。


 また必要なときに、どうぞこの眠る惑星へ。またお会いできる季節を楽しみにしています。


























 あんた、もう帰るんだな。どうだった? 眠る惑星を実際に見てみて。


 ははは、通商の査察なんて言い訳は最初から通じちゃいないさ。通商人なんてのは嘘で、あんた本当はこの星をどうやって植民地にできるか探りに来た軍人だろ?


 そんなに強く否定したって俺にはお見通しさ。なんてったって、あんたと同じ理由で眠る惑星を訪れ、植民地化なんて絶対に無理だと諦めて帰っていく連中を腐るほど見てきたんだからな。


 あんたも理解しただろ。寝てばかりいるあの星がどれだけ高度な技術を持っていて、そんじょそこらの惑星なんて赤子を捻るみたいに返り討ちにできることを。


 高度な自立式システム。市街地を覆う強固なシェルター。そして何より、あの惑星を案内してくれている、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あれだけ知的生命体に近い機械を作り出せる惑星なんて、少なくともこの銀河には見当たらないね。


 あんたにも立場があるだろうが、悪いことは言わない。あの惑星には手を出さない方がいい。あの惑星を侵略しようなんてのは、まさに夢みたいな話だって上には説明するんだな。


 さあ、さっさと自分に惑星に帰りな。そして現実を受け入れて、そのまま眠りにつくといい。


 あの惑星が目覚める頃には、あんたもあんたの惑星も夢物語から目覚めていることを祈ってるぜ。

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