番外編3 あわてんぼうの〇〇
もうすぐ日付が変わろうかという時間にも関わらず、私は外に出た。冷たく刺すような空気が、怒りで燃えた体にはちょうど良い。アパートの扉を閉めて鍵がかかったことを確認し、鮮やかに光る町のネオンに向かって歩き出す。
こんな時間でも、私の住む町は眠らない。ずんずんとロングコートの裾を蹴飛ばすようにして歩く。今日はやけに裾が鬱陶しいと思えば、間違えてブーツではなくスニーカーを履いてきてしまった。そんなことすら、いつも以上に腹が立つ。
どれもたいしたことじゃなかった。最近残業続きだったとか、お気に入りのランチを食べ損ねただとか、やっと早く帰宅できたと思ったらクリスマスの予定で彼氏と喧嘩したとか。
お互い忙しいと分かっていた。けど、聖夜に会えることだけを楽しみに頑張っていたのに。
突然強風が吹きつけ、私の横面をひっぱたく。冷たくて痛い。髪も乱れた。
良い大人のくせに、涙が滲んでくる。涙を流すまいと些細な抵抗をして、私は上を向く。
町の明かりのせいなのか、夜空は意外と明るい。そこはサンタクロースが、プレゼントを配るためソリを走らせる場所だ。
しかし現代、この空には怪物が住むという。そのせいで、空に浮かぶ天空都市は孤立してしまったのだと、中学の時に授業で習った。
こんな空では、サンタクロースが飛べるわけもない。
「クリスマスなんて、もうないんだわ」
口に出すと虚しくて、涙が溢れそうになった。目をつむると余計に我慢できなくなりそうで、必死で目を見開いた。
その時、私の視界に何かが映り込む。何かがくるくると回りながら、空から落ちてくるのだ。ポトリと地面に落ちてきたそれを、私は思わず駆け寄って拾い上げる。
「ポインセチア?」
目にも鮮やかな花が、私の手のひらに咲いている。枝は短く処理されていて、深紅と深緑の葉の部分だけになっていた。雨や雪なら分かるが、何故花が空から。
どこかのビルから落ちてきたのだろうか。しかし、周囲を見回しても、それらしい場所は見当たらない。くるくると回りながら、地上へと舞い降りた赤い花。
ふと、昔読んだクリスマスの絵本を思い出す。空から降ってきたプレゼントが、それぞれの子どもたちの元へ。サンタクロースが夜空から落としたものだ。空から落ちてきたポインセチアは、それと似ている気がする。
その時、コートのポケットからぶるぶると短い振動を感じた。私の携帯端末がメッセージを受信したらしい。花を片手に乗せたまま、私は恐る恐るそれを確認する。
あーー。
もう仕方ない、許してやるか。なんてひねくれたことを思いつつも、喜びで胸がふわりと温かくなった。
「メリークリスマス!」
ポインセチアはきっと、ちょっとあわてんぼうのサンタさんからのクリスマスプレゼントだったのだ。
そんなことを思ってしまうほど私は子供のように浮かれて、思わず手の中の赤い花に微笑んだ。
※※※
そんな頃、数千メートル先の上空で、こんな会話を交わしている男が二人。
「ヒダカ」
「ああ? なんだよ、タイクウ」
「さっきの帰り道での戦闘、敵の数が多かったし、仕方なく僕も戦うことにしたじゃない? 『邪魔だから』って荷物を全部捨てて」
「あー、どうでもいいモンしか入ってねぇからって言ってたな」
「うん。下は海だったし、もういいやーって思ってそうしたんだけど……どうやら勘違いしてて、桜さんから頼まれた大事なお花が入っていたみたいです」
「――はぁ⁉」
これは、二人の失敗が起こした小さな奇跡のお話。




