第98話 子供はいつか大人になる
綺麗な店員さんに言われるがまま鹿島と離れてしまったけど、私は別に店員さんの意見が欲しかったわけではない。
水着になったら鹿島も胸を見るのかなとか思って、ちょっとテンパっていたのは事実だけど、別に嫌とは思っていない。
普段私の胸も見てたりするのかなとか、そう思うと恥ずかしいけど、ちょっと嬉しいと言うか……。
だけど、電車の中とか街中で知らない男の人からそう言った視線を感じる事はあっても……鹿島から見られていると感じた事はない。
小さくは無いし普通に大きい方だとは思うけど……。まあ、それでも一組には愛実と冬と近藤がいるから、胸が見たい男子の視線はこの三人に集中しているのかもしれない。
折角、今日は頑張ってアプローチしようと決めたのに、なんだか店員さんに水を差された気分。
と思ったんだけど、どうやら少し違ったのだとすぐ理解する。
「彼氏さんと泳ぎに行くのは初めてですか?」
「は、や、彼氏じゃなくて。まだ、そう言うのじゃなくて……。ないです」
「ふふふ。それじゃあこれからですねー。高校生かな?」
「あ、はい、そうです。今年の春から高校生になりまして」
「いいですねー! 高校生は三年間しかないので、水着選びは毎年真剣にいきたいですよねー、よくわかりますよ。高校最初の水着はどれがいいかなって迷いますよね」
「えっと、はい、それで、その。彼はどんな水着が好きなのかなと思ったら、少し混乱してしまって」
「ああ、それでですか。彼に何か際どい水着をリクエストされたんですか?」
「いえ! 彼はそう言うのあんまりわかっていないようなので、どうすればいいのかなと」
店員のお姉さんはとても落ち着いていて、しばらく会話をしているうちに、どうやらテンパっている私を見て助け舟を出してくれたのだと理解した。
「なるほど、そうですねー。確かに、意中の相手の好きな服とか好みの下着を用意するのも、駆け引きの一つなんですけど。そう言うのは、お付き合いをするようになってからでも大丈夫なんですよ」
「そう、なんですか?」
「はい。まずはお客様が着たい物を選んで、好きな物を身に着けるのが一番です。自分が好きな物を相手に知って貰って、その上で相手の好きな物を受け入れていくのが恋愛ですからね」
……お、大人だぁ。
水着のショップ店員と言う事もあってか、見事なスタイルのお姉さんはとても優しく説明してくれた。
「それでは、もう一度お聞きしますが、お客様はどのような水着をお探しですか?」
ニコリと笑った店員さんが再度同じ質問をする。
愛実が今度行こうと言って教えてくれたお店だけど、ホントに良いお店かも。
「その、出来るなら沢山見て欲しいとは思ってるんですけど……。少し恥ずかしいなって気持ちもあって。でも、やっぱり見て貰うならワンピよりビキニの方が良いですよね? やっぱり肌の露出とかあった方が男子って好きですよね?」
「いえいえ、そんな事はないですよ。ワンピースの方が可愛いと言う男性も多いですし、ビキニと言っても、トップス──ラッシュガードを重ねれば露出も抑えられます。ですので、コーデの幅は無限に広がりますよ」
どっちがいいんだろう。
「でも一番大切なのは、お連れ様がどう思うかではなくて、お客様がどのような水着を着たいかですね」
「……はい!」
「まずはお客様が着てみたいなと思う水着をいくつか選んで、それからお連れ様にどれがいいのかを聞いてみましょう。最初から全部選んで貰ったとして、もしそれが自分の感性に合わなかったら嫌でしょう?」
「あ、はい。それは、そうですね」
鹿島の好みは知りたいけど、それもまずは私の好みがあってこそだよね。
そうだよね、鹿島に言われたからって、どんな水着でも着るのはちょっと違うよね。
……なんでもかんでも好きな人に合わせるのはダサいって、葵に言われたばかりだったのに。
「それでは、お連れ様を呼んで来ますのでー、後はゆっくり選んでね! がんばれ!」
店員のお姉さんはそう言うと、ウィンクをして去って行った。
大人になるのはまだまだ難しいけど、私もいつかは余裕のある大人の女性になれるのかな。
今はまだ、鹿島に胸を見られているかもと思うだけでドキドキしてしまうけど、でもこれは、全然嫌なドキドキじゃないかも。
だけど、それがいつなのか。私にはまだわからない。大人になるってどう言う事なんだろう。