第97話 慌てた様子の吉永も可愛い
地下から地上に出てしばらく歩けば、吉永が目指していた大型のショッピングセンターに到着した。
「こんなに暑いのに人多いなー。家の中で涼んでいようとか思わないもんなのかね」
「私達だって水着見に来てるんだから端から見たら一緒だって」
「それは、確かに」
建物の中は多くの客で賑わっているけど、外よりも涼しい空気が身体に貯まった熱を冷ましてくれるので、暑苦しいと言う事はない。
どちらかと言うと、そんな事を考えている余裕が無いと言った方が正解かもしれない。
「やっぱり女性のお客さんが多いんだなー」
「このフロアはレディースのショップが殆どだしね」
周囲に目をやれば女性グループがチラホラ。
後はカップルが多数と言った感じで、男性は少な目。
「そんな女性向けショップしかないフロアで、俺が吉永の水着を見るのか」
「水着どれがいいかなーって意見くれたらそれでいいだけだから」
「……うっす。てか、こういう場所って普通に恥ずかしいんだけど」
と言っても、周囲の女性客は全然気にならないけど、これから吉永に水着の意見を言うのかと考えたら、身体中が緊張で強張る。
そもそも意見って何言えばいいんだよ。知らないんだけど、水着の意見って。
試着するとかじゃないだろうけど、こっちの方が似合ってるとか、あっちのデザインの方がいいよー、とか?
ある程度ならわかるけど、女子のファッションなんて知らないって……。
「へー? 鹿島ってそういうの平気そうなイメージだったけど、ちょっと意外かも。従姉妹さんとは流石にこういう所には来ないんだ?」
「来ない来ない。普通に緊張するわ」
「まあ、不安ならもっとくっついて歩いてたら大丈夫だと思うよ。ほら、あ、離れて歩いてたら不審者に見えるかもだしね」
「不審者って……。え、俺そんなに場違い?」
「え、違う違う! そんな事言ってないから、あ、早く行こ!」
「うぃーっす」
不審者に見えると言われたのは若干悲しいけど、吉永が俺の手を掴んで引っ張ってくれるのは最高に嬉しい。
正直、二十四時間掴んでられる。
とか考えているうちに、すぐにお店に到着してしまって、手を離されてしまった。
「うーわ! 可愛い! 鹿島鹿島!」
「はいはい、なんすかなんすか」
ショップに到着するや否や、見渡す限りの水着水着水着。
一応男性向けの水着も取り扱っているショップらしいので、お洒落な水着を着た女性と男性のマネキンが出迎えてくれたが、男性客はやはり少な目。
でもまあ、可愛らしいデザインの水着を見た吉永が、飛び跳ねんばかりにテンションをあげているから、それだけで十分幸せと言うか。他の事はもうどうでもいいかも。
そうして、いつもよりテンションの高い吉永の後ろを付いて歩いて行けば、いよいよ水着選びの時間が始まったわけだけど──。
「鹿島ってどんな水着好きとかあるの?」
「え? 俺の?」
「だから参考までに! 今日はその為に来て貰ったわけだしね。男子の意見も大事だから、とりあえず聞いておかないと駄目でしょ」
「なるほどなー。そう言うもんか」
同性のみならず異性の目も意識したデザイン選び。
女子は女子で色々と大変そうだな。
一応俺も異性は意識してるけど、精々が真とか、真の姉ちゃんの“紬さん”とか“皐さん”とか、身近な女性陣に話しを聞く程度。
水着にしたって、サイズの合うモノなら何でもいいやって思ってたけど、もう少しちゃんと選ぶか。
だけど、それはそれとして──。
「──でも、好きな水着って言われても。学校指定の水着くらいしか知らないんだよな。なんだっけ? セパレートとか、なんかそう言うのあるよな? どれが良いって言われてもいまいちピンとこないんだけど」
「え、うん、まあ、え? あんまり知らない?」
「逆になんで詳しいと思ったんだよ」
「いや、だって男子ってそう言う、なんて言うか、グラビアとか見たりするでしょ?」
「……それは、まあ見るけど。だからって、いちいち水着の種類とかデザインとか意識して見てないって言うか」
「え、じゃあ何処見てるの?」
「……な、なんだこれ、羞恥プレイか?」
「え?」
吉永はただ純粋な疑問を口にしているだけのようだけど、その質問は残酷過ぎやしないだろうか。
しかもこんな場所で。
……だけど、良いだろう。そこまで言うなら答えてやろうじゃないか。
「男子が水着のグラビアを見る時はな? 水着の種類とかじゃなくて、とりあえず胸とかお腹周りとか見てんだよ。あんまり言わせないで下さい、お願いします」
「へ? あ、へー……。そうなんだー」
質問したのは吉永だからな。
今更顔を赤くしたって自業自得だ、俺は知らん。
俺も絶対に顔赤いから、ここは相打ちと言う事で……。
いちいち水着の種類とかブランドとか、デザインを意識して水着のグラビアを鑑賞する男なんて殆ど居ないだろ。
全く居ない事は無いだろうけど、考える事なんて胸が大きいか小さいか、エロいかエロくないかが全てじゃないだろうか。
……もちろん、そこまでストレートに言うつもりはない。
だけど、吉永はもう少し男子の生態について知った方がいいと思う。
こんな質問を平然とされる程に自分が異性として見られてないのかと思うと、ちょっと凹みそうになるけど、どうやったら意識して貰えるんだろう。
なんて事を蒼斗が考えている一方で、紅葉もまた色々と考えていた。
『男子ってホント胸好きだよね、何なんだろうねアレ』
いつだったか、自分で発した言葉の意味を今更になって実感したようで、恥ずかしいような嬉しいような、複雑な感情に襲われていた。
鹿島も女子の胸とか見てるんだ。そうなんだ。
え、そうなんだ?
え? そうなんだ?!
「よ、よーし! えっとねー、鹿島が言ったセパレートってのは、こう言う感じの上下に分かれてるタイプで、石中の指定水着がこんなだったよね。上が半袖で下がスパッツみたいな」
「あー、なるほど。そうか、これがセパレートか。セパレートって言うくらいだから、もっと分かれてるのかと思ってた」
「ああ、鹿島が考えてるのって、もしかしたらビキニタイプかも? ビキニもセパレートだから合ってるんだけどね」
「あ、そっか。多分それかも。ビキニも聞いた事あるな」
「うんうん。あ、それでビキニにも色々あってね、三角ビキニって言ってトップの布が三角のタイプとかね。えっと、たとえば、あ、これは、スタイルの良い人が着たりするんだけど──」
顔をほんのりと赤くした吉永が、丁寧に水着の説明をしてくれるのは嬉しい。
だけど何なんだ、この時間は。
「他にもあって、ビキニって言っても結構色々あってね──」
そんなに事細かに女性の水着について解説されても、俺にどうやってその知識を活かせと?!
周りの女性客達にクスクス笑われている気がするし、死ぬ程恥ずかしいんですけど、吉永さん。
「こんにちは、今日はどのような水着をお探しですか? 詳しいですねー」
そうこうしているうちに、引き続き顔を真赤にした吉永が、ビキニタイプの説明からワンピースタイプの説明に移行したあたりで、店員さんからお声が掛かった。
「は、あ、はい、水着を見に来ました!」
なるほど、吉永が駄目になってる。
こんな吉永は初めて見たけど、あたふたしてるのも可愛いな。
「当店を選んで頂いてありがとうございます。そうですね、では、お連れ様は少しあちらの方でお待ちになって貰って、少し二人でお話ししましょうか」
「あ、はい!」
「えーっと、じゃあ俺は外のベンチで座ってるから。後でな、吉永」
「あ……。うん、わかった」
店員さんに促されるまま、店の外にあるベンチに移動した俺は、掛けると同時に溜息を吐いた。
店員さんありがとう!
俺には水着選びなんて出来ないそうにないです。
代わりに素敵な水着を選んであげてください。
ま、吉永なら何着ても似合うけどな。
店員さんが割り込んで来た事に少しばかりガッカリもしたけど、それと同じくらいに安心した俺は、水着選びの任務から解放されて小さく溜息。
この時はてっきり、男はあっちに行ってくれとか、そう言う事で追い払われたんだと思っていたんだけど、そう言うわけではなかったのだとこの後すぐに知る事となった。
だけど、今は俺もかなりテンパってるからフォロー出来そうにない、悪い。