第93話 幸せ過ぎると反動が怖い
二人で出掛けるこの機会に少しでも関係を進めたい。
そう思ったのは確かだ。だけど、こうもトントン拍子に行くとは思っていなかったので、嬉しい反面ちょっと怖い。
「あ、このクリームいけるかも。私のちょっとあげるから鹿島のも頂戴ー」
「はいよ。俺のアラビアータだからちょっと辛いけど、大丈夫そう?」
「だいじょぶだと思うー。多分」
「ホントに大丈夫だろうな……無理に食うなよ?」
「わかってるって」
とりあえず早めの昼食を摂る事に決めた俺と吉永は、塾近くの駅前のイタリアンに来ていた。
まだ12時前と言う事もあってか、程よく冷房の効いた店内にいるお客はまばら。
落ち着いたBGMが流れる店内は雰囲気も良くて、良心的な価格設定でありながら質と量がしっかりと備わった料理は、食べているだけで幸せになれる。
と、口コミに書いてあったお店。
『特に食べたいものないならあそこ行ってみないか? ほら、駅前にある──』
なんて事を言いながら偶然を装ってこの店を選んだが、当然ながらこの辺の店の事は調べてある。
俺は予習を欠かさない男だからな。
ちなみに、この店を選択した理由は女性客からの評判が良かったからと言うのと、一番の理由は塾帰りの吉永と一緒に何度となく前を通った事があるからだ。
「どう?」
「これくらいの辛さなら全然いけるー、おいし」
「そりゃ良かった。値段も安いしパスタも美味いし、また今度来るかなー」
「あ、じゃあ、その時は私も誘ってね。また来よ」
「おっ、ゴホっゴホッ……お、おっけー。そん時は誘うわ」
「ちょっ、大丈夫?」
「ああ、いや、ちょっと気管に入りそうになってむせただけだから、大丈夫大丈夫」
俺が何も考えずに呟いた言葉に、思わぬ言葉が返って来たせいで、思わずむせてしまった。
……一体、何がどうなってるんだ?
望んだ通り吉永と出掛ける事になったのは嬉しい。
店が当たりだったのも嬉しい。
吉永の服装が学校より気合い入ってるのも嬉しい。と言うか可愛い。
結論として幸せなんだけど、なんとなく吉永の様子がおかしいような気がしないでもない。
「中三の時もさ、夜塾終わる時にここの前通ったらいつも何人か並んでたよね」
「あったあったー、懐かしいな。そん時から来てみたいとは思ってたから、今日は来れて良かったわ。並ぶのも納得」
「だね! 外食ってあんまししないって言うか、あっ、まあ、ケーキとかは食べに行くけどね」
「ん? うん。此間のモンブランも美味かったもんな。綺麗だったって言う方がいいか?」
「あ、うんうん。うん、いや、だから、鹿島はよくこう言うお店に来るのなーとか。あ! ほら、三好が言ってたんだけどね? サッカーの部活終わりに何か食べに行くとか、運動部はそう言うのあったんでしょ?」
「ああー、はいはいはい。それは全然あったよ。平日はそんな事ないけど、部活終わりと言うより、他の学校で試合やった後は帰り道でよく皆でラーメン食ったりしてたなー。めっちゃ食うから店員驚いてたりしてな、はは」
はいはい、なるほどね。また三好の話が聞きたいのね。
内心複雑ではあるけど、とは言え今日はこうやって二人で食事も出来て、しかもこのあと水着まで選ぶらしいから全然大丈夫、俺の気分は今とても良い。三好の事でもなんでも、好きなだけ話してやろうじゃないか。
「へえ! 運動部ってよく食べるもんねー。こんな量で足りるの? もっと食べていいんだよ?」
「良いって良いって。食い過ぎたら午後動き辛いだろうしさ。それに、腹減ったら適当に貰ったお菓子でも食べるって」
「それもそうだね、ふふふ」
フォークくわえながら笑うの可愛すぎだろ。それ反則技だからやめて、顔がニヤけるんだよ。
学校でも一緒に昼飯食いたいけど、チーム青島とチーム姫野は席が離れてて全然一緒に食わないんだよな。てかヤバ、吉永何やっても可愛いな。
……よーし、いいだろう。さあ何でも聞いてこい、吉永。どうせなら回転寿司の時の話でもしてやるか?
誰が一番食えるかって言う勝負は中々に白熱したし、あの時は最終的に俺と三好がラストまで競ってたから、吉永好みのエピソードかもしれない。
「寄り道して飯食ったって話なら、中二の二学期の時なんだけど、試合終わりに皆で回転寿司に行って──」
俺が話す度に嬉しそうに、興味深そうに。
笑顔で相槌を打って話を促してくる吉永はやはり可愛い。
「──て言ったら、三好の奴すげえ張り合ってきてさ、俺も負けてられねえってなって──」
その笑顔が俺に向いているわけじゃなくても、別に構わない。
「──最終的には二人とも吐きそうになってさ。そしたら──」
吉永が楽しそうに笑ってくれるなら、今はそれだけで十分。
「あはは! 鹿島も三好も馬鹿やってんねー」
声をあげて泣いていたあの時より、ずっと良い。
吉永にはいつでも笑っていて欲しいからな。
「──てな事があったわけよー」
「はー、おもしろ。ちょっと大きい声で笑っちゃった。あぶな」
「気にせず笑えば良かったのに」
「やだよ、目立つじゃん」
塾での挨拶が終わった直後はなんとなく不機嫌に見えたけど、今目の前でニコニコしている吉永からはそう言う空気は感じない。良かった。
俺がそう思っていると、何故だか吉永からも同じような言葉が出て来た。
「でも、良かった」
「良かったって、何が?」
「あ、ううん。いや、そう言うんじゃないんだけど……。何て言うか、鹿島もサッカー部ちゃんと楽しかったんだなって思って。良かったー……みたいな。ごめんごめん、気にしないで」
「あー」
いつぞやの話を気にしてるのか? 吉永らしいと言えばらしい。
でも、俺の昔話なんて全然大した事でもないんだから、そんなに気を遣わなくてもいいのに。
「サッカー部はもちろん楽しかったよ。まあ、色々あったのはそうだけど、それも含めて楽しかったかな。てか、吉永が泉井と佐々木の間に入ってくれたお陰で、最近はまたサッカーボール蹴るかなーとか思うようにもなったから、本当に助かったよ」
「そんな、私は何もしてないし。結局嫌な事話させただけって言うか……」
「そんな事ないって。実際、泉井と佐々木とよくリリンクするようになったからな、マジで!」
「うん。なら、良かった」
ニヒヒと笑う吉永に、俺も笑い返す。
吉永のこう言う笑い方久々に見たかも。前はいつもこんな感じだったと思うけど、いつからか笑い方変わったんだよなー。……いつからだっけか。
気が付いたら大人しく笑うようになったと言うか、なんと言うか。
個人的にはこういう笑い方をしてる吉永の方がずっと好きなんだけどな。凄く楽しそうだから。フォークをくわえて楽しそうに笑っている彼女は、間違いなく世界で一番可愛いと思った。
そう思う気持ちもあるけど、今はただ美味しそうに料理を食べる吉永を見ていたい。可愛すぎるだろ。