第9話 とりあえず自己紹介でしょ
深山高校を出た俺達は、場所を教室からファミレスに移して改めて自己紹介をしていた。
「青島康太だ。……ってか、知ってる相手に自己紹介すんのクソ恥ずいな、これ」
全部で七人になる姫野グループはテーブル席に腰かけて、学校とは逆に出席番号順で再度自己紹介をする流れに。
俺の横は青島が、その横には服部。
更に服部の横には篠原が座り、対面にはその他の女子三人が座っている。
ちなみに、俺の対面にいるのは吉永なので、思うように前が見えない。
「私青島君の事あんまり知らないよ!」
同じ中学出身者が四人居る中での自己紹介。
そこに恥ずかしさを感じている様子の青島だったが、当たり前の事を姫野が言ったので気持ちを切り替え始める。
「そりゃそうだな。言ったって俺も康太の事そんなに知ってるわけじゃないから、ここはとりあえず新学期の通過儀礼って事で。なんか話してくれると助かるかも」
「うっす。そうだな。つっても何言うかなー。学校でも話したけど中学では野球部に入ってて、小学生の頃からリトルリーグに入ってたから、野球はそこそこやってた方だと思う。深山に入ったのはなんだろうな? うーん、やっぱ文化祭──『宮祭』が面白そうだったってのと。後は、家がそんなに遠くないってのと、私服登校が出来るってのと、後はなんだろ?」
青島と同じ中学の人達も特に茶化すような事ない。
ジュースを飲みながら、うんうんと頷いて話を聞いている感じを見るに、中々に良い人達と友達になれたっぽい。
「はい! 質問良いですか!」
「ん? えーっと、どうぞ」
それになにより、ここには圧倒的コミュニケーションモンスターである姫野冬華がいるので、もし仮に気まずい人間が居ても彼女のパワーにひれ伏す事になるだろう。
「高校でも野球部に入るんですか!」
「ああ。いや、高校では野球やらないな」
「えー! なんでですか!」
「な、何でって」
「こーら、冬。もう少し相手のペースで話させてあげなさい。ごめんね、青島君。冬の言葉は、まあ、その、程々に流していいから」
吉永と姫野のやり取りを見て、皆が軽く笑った所で話は続く。
「んー、高校で野球やらない理由は単純で、部活以外の学校生活もやってみたいからってのと、部活の時間を大学の受験勉強に充てたいって所かな?」
「部活以外の学校生活ってのは?」
青島の言葉に今度は俺が質問をしてしまった。
「うーん……いや、な? 野球も好きなんだけどさ、運動部入ってるとどうしても平日は遅くまで練習するだろ? それで、土日も朝から練習で、長期の休みは合宿やら試合でさ」
「あー……。めっちゃわかるわ」
小学生の時からずっとサッカーをやっていたから気持ちはわかる。
小学生の間は平日ずっと個人練習で、土日になればクラブでの練習か試合があったから。よくわかる。
同級生と何処かに遊びに行った記憶が殆ど無い。と言うか全くない。
そんで、中学で部活に入ってからは平日まで毎日練習になって、益々遊ぶ時間が減っていった。
だから、部活以外の学校生活に力を入れたいって、青島の気持ちはよくわかる。
とは言え、俺の場合は去年まではその生活に疑問を抱く事もなかったから、それで全然問題は無かったんだけどなー。
だけどまあ、今は何て言うか……。
隣の青島から向かい側に座る吉永にチラリと視線を移した俺は、ジュースを飲んでいる彼女を見ているのがバレる前に視線を戻した。
「お、わかる? だろ? まあ部活には入る予定なんだけど、そこまで忙しくない感じの部活で中学までとは違う事をやってみるかなって。──って事で、このくらいでいい? 次は蒼斗な!」
ファミレスの店内という事もあり皆が控えめな拍手をすると、次はこの中では出席番号が二番目の俺。
「えー、初めまして。鹿島蒼斗です。……うわ、恥ず」
「だろ?」
横に座っている青島が楽しそうに笑った。
「なに話せばいいのかよくわからないんだけど、中学ではこれと言って何かをやってたわけではないです」
「いやいや、ずっとサッカーしてたんでしょ」
適当な自己紹介をしようとしたら、目の前に座る吉永にツッコミを入れられてしまった。
「やっぱそうだよな?」
「だと思ったわ」
「やっぱって何がだ?」
更に、吉永のツッコミに呼応した青島と服部が口を開いた。
「何もやってなかったとか言ってるけど、明らかに何か運動部に入ってただろとは思ってたわ」
「体型しっかりしてるしな。なんで隠してんだ? サッカー部には入らないのか?」
二人から至極真っ当な事を言われてしまった俺が視線をずらすと、目の前に座る吉永がバチバチにこちらを見ている事に気が付いてしまう。
あんまり凝視されると恥ずかしいと言うか、照れるから勘弁して欲しい。
仕方ないので、吉永と同じく俺に対して興味津々な瞳を向けている、斜め前に座っている姫野を見て落ち着く事にしたが……。
何と言うか、ホントに犬みたいな奴だな、尻尾があればブンブン振ってそう。
「体力の限界を感じまして……」
「高校生が何言ってんのよ」
もう少し優しく話してくれてもいいだろうに。
今日はなんか言葉にトゲがないですかね、吉永。
「あー……。うーん、まあ、大半の理由は康太ぁ──青島と一緒で」
「別に康太でいいって、さっき俺の自己紹介終わったし皆わかるっしょ」
青島の言葉に皆が頷く。
「んじゃそう言う事で。俺も康太と同じで小学生の頃からクラブチームのジュニアに入ってて、中学では部活って流れっす。楽しいけど忙しいんだよな、マジで」
青島と服部が頷いて、女子の方もなんとなくわかるのか姫野以外はコクコクと頷いてくれた。
「それに、折角深山に入ったし部活もそうだけど勉強頑張ってみるかなーってのと、将来絶対に役立つだろうって事で料理倶楽部に入ろうと決めました」
すると、一部の者から“おおー”と言う声が聞こえてきた。
俺の完璧な人生設計に度肝を抜かれたのだろう。
「──ってのが、表向きの理由で」
だが、話はもう少しだけ続くのだ。
「はい! 裏の理由はなんですか!」
「質問されなくてもちゃんと言うから落ち着けな、姫野さん。で、まあ、あんまり言いたく無いし性格悪いって思われるのも嫌なんだけど……」
そして、俺が深山のサッカー部に入らないと決めた一番の決め手は。
「深山のサッカー部そんなに強くないってか……。弱いみたいだから、どうすっかなーって感じで」
「えー! 弱いなら強くすればいいんじゃないの?!」
簡単に言ってくれるな、姫野。
「青春を掛けて頑張ろうとか、そう言うのは無いんだ?」
「それも楽しそうではあるんだけど、深山でサッカー部入ってる先輩らの『リリンク』見た感じ、なんて言うか。なんだろう。多分、俺がやりたいのとは違うんだろなーって」
『リリンク』正式名称『lit-Link』は老若男女年代問わずに使われている、スマホのメッセージアプリ。
個別チャットや通話はもちろん、日記のような長い文章を書き込んでそれを公開する事も出来る。
短いものであれば動画投稿も出来て、なんだったらスマホのカメラを通じてライブ配信も出来る。
スマホユーザーであれば誰もが重宝しているアプリ、それが『lit-Link』.
通称『リリンク』である。
「なるほどなー」
「まあ、深山の運動部ってラグビー部とか強いのもあるけど、全体的にはあんまぱっとしない印象あるよな」
青島と服部が肯定してくれて助かった。
根性無しめ! とか思われたらどうしようかとヒヤヒヤしちゃったわ。
やるからにはマジでやりたいが、深山サッカー部の大会実績はいまいち。
それだけならまだしも、リリンクを見ても合コンとか彼女の事を日記にしている部員が何人かいたので、なんか違うかもと思ってしまったわけだ。
だけど、実際にどんな練習をしているのかを見たかったから、春休みに一度だけ部活の下見にグラウンドを覗いた事もあったんだけど……。
何て言うか、想像していたものとは少し違った。
グラウンドの練習風景はリリンクに投稿される様子とは全然違って、部員全員が真面目に練習に打ち込んでいて、全員が全員部活動に真剣に取り組んでいる事がわかったらな。
チャラチャラした感じは全然なくて、皆真剣だと分かった。
──だから、深山のサッカー部に入るのは止める事にした。
俺が深山のサッカー部に入っても、良い事はないだろうとわかったから。
「でも、何て言うかな? ぱっと見そんな感じと言うか。でも練習はかなり真剣に頑張ってるっぽいから、吉永もサッカー部のマネージャーやるなら頑張れよ!」
とは言ったものの……。
サッカー部のマネやってれば、そのうち何処かの試合で三好に会えるかもとか、サッカーに詳しくなって楽しく話しをしようとか。
そんな事を考えても決断なんだろうけど、残念ながらあいつの高校と深山がぶつかる事はない気がする、レベル的に。
「……別に。サッカー部のマネとかやらないし」
「あれ? でも確か自己紹介でそんな感じの事──」
「やらないって言ってるからもういいでしょ。はいはい、終わり終わり。──えーっと、鹿島の次だから愛実かな?」
あれぇ、学校の自己紹介で言ってたよな?
俺の自己紹介は吉永の手拍子によって強引に終了させられてしまった。
これと言って紹介する程の事もないから、全然問題はないんだけど。
せめて、もうちょっとくらい興味を持って欲しいと思ってしまう俺は、たぶん女々しい男なのだろう。
手で額を隠しながら少し俯き加減になってしまった吉永をチラ見した俺は、我ながら女々しい奴だと苦笑いしながら篠原の方を向いた。