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第89話 アプローチって


 難関国立大学絶対合格ゼミナール。


 通称”絶対ゼミ”またの名を”ボロ塾”。


 中三の時に夏期講習募集で知って、二学期以降通う事になった塾。


 名前のダサさと見た目のボロさは異質そのものだけど、個人的に講師陣のレベルだけは異様に高いと感じている、そんな塾。


 私は今日そんな塾へ赴き、今年受験を迎える塾生に向けて、激励の挨拶をする事になっている。……とは言っても、正直に言うと塾での挨拶になんて何の興味も無い。


 私はただ、鹿島に誘われたから一緒に行くだけで、目的は最初から塾ではなく鹿島だったりする。塾生や先生は許して欲しい。


 だって、鹿島と二人で出掛ける機会なんて滅多にないから。


 だから、この日をずっと待ち望んでいたと言うのに┄┄。


「ごめん! 遅れた!」


「おーっす、殆ど時間通りなんだから、そんなに慌てなくて大丈夫だって」


「遅刻なんてしたくなかったのに葵、あお──妹に捕まって、その、いや! ホ、ホントごめんなさい!」


 待ち望んでいたお出掛けの日。


 服を選んでいる最中に葵に捕まってしまった事で、待ち合わせ時間に遅れてしまった。


「だから全然怒ってないから、吉永が元気ならそれでいいって。あ、ほら、事故とか事件に遭ったわけじゃなくてラッキーだったなーって考えようぜ、ははは」


「ラッキーって……」


 今日は曇りで、午前中だから気温もまだそこまで高くない、


 だけど、それでも夏の屋外で何分も何十分も待つのは疲れる。


「てか、暑いんだから日傘くらい差した方がいいんじゃないか? 前に曇りの日でも日傘差した方がいいとか言ってなかったっけ?」


「あ、うん。紫外線カットするなら曇りの日でも差した方がいいけど、遅刻で走って来ちゃったから」


「あー、傘差して走るのは面倒そうだしなー。って、こんなとこで話してないでとりあえず塾行くか」


「うんうんうん! そうしよそうしよ」


 二十分も待ち惚けを食らった鹿島の方が疲れてるはずなのに、文句一つ言わず私の事を気遣って……。鹿島はどうしてこんなに優しいんだろう。好き。


 なんて考えてる場合じゃなくて、言わないと。……い、言わないと。


「──あー……。あのさ、鹿島」


「んー? どうした?」


 改札に向かって歩き出し鹿島が、私に呼び止められた事で徐ろに振り返った。


「今日の服試しに……いや! ホント試しになんだけどね。試しに葵に選んで貰ったんだけど、どんな感じかなって?」


「え? ど、どんな感じ?」


 うぅぅ……恥ずかしい。


 鹿島も何言ってんだって顔してる。質問が曖昧過ぎたかな、逃げ腰過ぎたかも。


「いや、どんなって言うか。葵がさ、葵がね? 今度彼氏とデートに行く服をどうしようみたいに言ってて、それで、なんて言うか他の男子の意見を聞いておきたいみたいな──」


 葵が変な事言うから、自分でも何言ってんのかわかんなくなってきた。


 アピールとかアプローチとか言われても、そんなのやった事ないからわかるわけないじゃん。どうしよう。鹿島にめっちゃ見られてる、恥ずかしくて死にそう。


「ああー、男子の意見か、はいはい。それで試しに妹さんの服着てる感じか。はー、なるほどなー。色々あるんだな。でも、んー、どんな感じか。ん-、でもあれだよな、なんとなく印象違うかなー? ってのはあるかも」

 

「印象が違う? あ、えっと、何処か変なとことかある感じ?」


「いやいや、変とかそう言うんじゃなくて。なんて言うか、まあ、そう言う感じのコーデの吉永って見た事なかったから、だから印象違うと言うか」


「な、なるほど?」


 とは言ったものの、つまりどう言う事なんだろう?


 私の質問が曖昧過ぎたせいか、普段に比べて鹿島の返事まで曖昧になっている気がする。


 でも、どうせもう滅茶苦茶恥ずかしいんだから……。ここまで来たんだから、もうちょっと頑張ろう。


「えっと、それってあんまり似合ってないとか、可愛くないとか、そう言う感じ?」


「いや! だから似合ってないとか可愛くないとかじゃなくて、全然そんな事はないよ」


「あ、じゃあ! ……可愛い的な?」


「……いや、まあ、うん、良いと思う。妹さんに似合うかどうかは、その、わかんないけど。でも、少なくとも吉永には似合ってるって言うか。だから、あれだな、可愛い的なので合ってるよ。吉永には凄く似合ってると思う、可愛いと思う」


「そ、そっか!」


「うっす」


 鹿島に褒められるのヤッバ! 破壊力ヤッバ!


 これであってるのかな? あってるの?


 プローチってこれでいいの? 何か違くない?


 全然わかんない。何も考えられない。


 下唇噛んでないと頬が勝手に緩んじゃう、ヤバイ、どうしよう。


「さーて! そろそろ行くかー!」


「行こう行こう!」


 私はこんなに頑張ってて、こんなに恥ずかしいのに……鹿島が全然平気そうなのはムカツク! でも、鹿島にもっと可愛いって言って欲しいかもー。


 初めて蒼斗に可愛いと言って貰えた紅葉は、嬉しさのあまり顔をニヤけさせ。


 初めて紅葉に可愛いと言えた蒼斗もまた、自分の表情を見られないように彼女のほんの少し前を歩いて移動を始めた。


 ◇


 ボロ塾は一駅移動した場所にあるので、実は自転車で行けてしまえる距離にある。


 ただ、私の場合は家が駅に近い事もあったから何となく電車で通っていたし、鹿島も同じような理由で電車を利用していたと言うのは聞いた事がある。


 それに、往復の電車代を含めても他の塾よりも受講料が圧倒的に安いんだよね。


 そんなので経営は大丈夫なのかなと心配になったりもするけど、潰れていない所を見れば何とかなっているのだと思う。


「──お~~~ろしちゃ~ん! 久しぶりだねぇ!」


 そんな塾に到着するや否や、久しぶりに会った塾講師の緒方先生、通称”オガ先”から熱烈な歓迎を受けた。


 上は白のワイシャツ、下は紺のスラックス。ちょっと長めの癖のある髪と小さめの眼鏡を掛けた、いつも笑顔を浮かべている細身のおじさん。


 そんなオガ先は、両手を広げて天を仰ぎながら私の事を歓迎していた。


 悪い人じゃないのはわかるけど……。うん、ちょっと気持ち悪いんだよね。ごめんね、オガ先。


 てか、オロシちゃんは止めてよ。


「こんちはー、お久しぶりでーす」


「おお、奈良! おー、奈良。オナラ! オラナじゃあないか! よぉく来てくれたな!」


「いやいや、オナラって。なんで俺のあだ名だけちょっと改造されてるんですか。奈良も大概だったけど、流石にオナラは嫌なんですけど?」


 けれど、私に対する歓迎の言葉は一瞬で終わって、次の瞬間には鹿島と楽しそうに会話を始めていた。


 鹿島の事をよく考えるようになって、いつも目で追うようになった今ならよくわかるけど、鹿島は誰と話す時も本当に楽しそうにしている。


 今だって年上のおじさん相手に普通に会話して、なんだか異様に盛り上がってるし。


 鹿島が居るだけで、その場所はいつだって明るく輝く。


 ……まるで、冬を見ているみたい。


 高校生になってどんどん格好良くなって、益々魅力的になっていく鹿島の事を考えて。


 じりじりとした焦燥感が心の奥を這いずり回るのを感じていると、ふいに声がかかった。


「あら、久しぶりね。吉永さんもいらっしゃい」


「あ、はい! お久しぶりです! 清水先生!」


 声を掛けて来たのは緒方先生とは別の講師。


 基本的に際物揃いのボロ塾講師ではあるけど、全員が全員そう言うわけでは無い。


 清水先生は何でこんな塾で働いているのかわからないくらいに、至って真面目な大人な女性の講師であり、中三の時に私や鹿島の特進クラスで国語を担当していた人。


「少し見ない間にまた一段と綺麗になりましたね」


「いえいえ、私なんて全然、そんな┄┄」


「謙遜は構いませんが卑下は駄目ですよ、吉永さん。いつだって自信をもって堂々としていなさい」


「は、はい」


「何事も肯定する所から始めるように。出来ると言う感覚は──」


 至って真面目な大人の女性……。


 とは言え、やっぱり清水先生も少し癖の強い講師なのかもしれない。


 久しぶりに訪れた塾はやっぱりボロくて、再会した講師は癖が強い人ばかりで。


 ほんの数カ月前まで通っていたはずなのに、何だか無性に懐かしく感じる。


 懐かしく感じる理由も、なんとなくわかるつもり。


 緒方先生やその他の講師と楽しそうに話している鹿島が、あの頃よりも、塾に通っていた頃よりも、ずっと大人に見えるようになってしまったから。


 中学三年の夏、鹿島と出会ったばかりの頃……。難しい事なんて何も考えずに彼と話せていた時間を、いつも二人だけで居られた時間を、懐かしいと感じているのだと思う。

何? 何すればいいの? これでいいのかな?

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