第88話 それ、何もやってないのと同じだから
葵の曖昧な表現に頭を捻っていると、すぐさま言葉が飛んで来る。
「うわ、全然わかってなさそう。お姉ちゃんホント大丈夫なの? ちゃんと考えて恋愛してるの?」
「あんたはまた生意気言って……」
「違う違う、違うって。生意気とかじゃなくて一般論だって。だって、お姉ちゃんが悠ちゃんと同じ高校行くとかどう考えても変でしょ。そんな頭良い高校でもないのに、悠ちゃんが行くから同じとこに行こーって、絶対普通じゃないじゃん」
「……なんでよ」
「なんでって……。え、本気で言ってんの?」
ベッドの上で寝転がっていた葵が、私の言葉の何が気になったのかわからないけど、急に姿勢を正したものだから、ちょっと身構えてしまう。
「それはさー、好きな人と同じ学校に行きたい気持ちは私だってわかるよ。わかるけどさ、その為に志望校のランク下げるのはちがくない? ダサいって言うか、男に引っ張られ過ぎって言うか」
悠馬に振られるまでの私なら、きっと何も思わなかった。
だけど、今となっては葵の言う通りだと思っている。
「悠ちゃんもさー、お姉ちゃんにもっと上の高校目指した方が良いとか言えばいいのに。二人ともあんまり何も考えないで、同じ高校行こうとしてたから。ちょっとでもお姉ちゃんの事考えてたら、絶対に上を目指す様に言うでしょ、普通。だから駄目かもーって思ってたー」
「駄目かもって?」
「……お姉ちゃんさ。好きな人に何でもかんでも合わせようとするの、止めた方がいいよ。そんな事してたら、付き合った後も対等な関係になんないんじゃないの?」
なんとか言い返したい。
「ホントに好きなら二人で合わせてった方が楽しくない? 少なくともランク低い高校行くのに何の疑問も沸かないのはヤバイって。行こうとしてたお姉ちゃんも、止めようとしなかった悠ちゃんもどっちもヤバイって」
言い返したい、けど……。
「まあ、それが逆ならエモいんだけどねー! 頭悪いけどー、好きな人と同じところに行きたいから頑張って上を目指す! とか! 超エモい! エモいってかメロいよね。そういうのは好きー」
どうしよう、返す言葉が見つからない。
「……あ、葵も、好きな人が出来たらわかるよ」
でも、とりあえず何か言っておこうと思っただけの、苦し紛れの言葉は、けれど──。
「こないだ彼氏出来たけど、何か?」
「え?」
強烈なカウンターを食らって、更に何も言い返せなくなってしまった。
て言うか、いつ彼氏出来たのよ。全然知らなかったんですけど。
「もう一学期終わるんだよ? 夏休み入ろうって時期に彼氏いないとかなくない? 夏休み何するの?」
「へえー。まあ……。私は、まあ、勉強で忙しいからいいんだけどね」
どうせ私は夏休み入ろうって時期に彼氏がいない姉ですけど、何か?
「お姉ちゃん私に似て可愛いんだから、もっと積極的に行かなきゃ駄目だって。なんでデートでパンツなの? 冬ちゃんとお出かけする時みたくスカートで良いじゃん。て言うかお姉ちゃんスカートの方が好きでしょ? なんでパンツ選んでるの?」
「だから、別にデートじゃなくて……」
「下着はどうする? そこまで行くの?」
「いいっ、いかないから! だからッ!」
中一の癖に、妹の癖に、なんてマセた事を。
そう思った私が、どうにか反論を口にしようとしたものの──。
「お姉ちゃんッ!」
間髪入れず、葵が言葉を被せて来た。
「本当にデートじゃないなら良いけど、良いなって思ってる人と出掛けるならちゃんとアピールしなきゃダメだよ! 高校生は今だけなんだよ? 大人になったら高校生のデートは出来ないんだよ!?」
「な、な──」
な、何を、当たり前の事を言ってるのよ。この子は。
「ちょっとでも良いなって思ってる人が居るなら、早く動かないと。取り返しのつかない事になっても知らないからね。……私は。私は、去年の、一学期終わりの落ち込んでるお姉ちゃん、見たくないから」
家族の前で落ち込んだ姿を見せたつもりはなかったけど……。私の事なんて全然見てないと思ってたのに。そっか、葵には気付かれてたんだ。
「私が気付いてないとでも思った? パパもママも悠ちゃん悠ちゃんで鈍いから、全然気付いてないみたいだけど。去年の夏は受験あるからとか言って悠ちゃんとことの旅行断って、此間も悠ちゃんの家と旅行したくないって言ってて。もう全然話もしてないのも知ってるんだからね。悠ちゃんからそれっぽいリリンクが来た事もあるし、流石にわかるから」
聡い妹。誰に似たんだか。
「だから、動かないと駄目だよ。それも他の人よりも早く動かないと、絶対に駄目。勉強と違って恋は早い者勝ちなんだよ、お姉ちゃん」
でも、目の前で真剣な表情を浮かべている葵を見れば、嫌な気持ちはしない。……まあ、生意気な事ばっかり言ってるなとは思うけど。
「──うん。まあ、デートだよ」
「でしょ! だよね! じゃあコーデ考え直そ!」
「いや! で、でも、デートって言うか。私が勝手に思ってるだけって言うか。あっちは全然その気無いって言うか……。だからあんまり気合入れても、今度は逆──」
「ああもう鬱陶しいなぁ! お姉ちゃんホントに私のお姉ちゃんなの?」
「そ、そのつもりだけど」
何この子、怖い。
でも、葵とこんなに話したのはいつ振りだろう。
もうずっと長い事、こんな話しをしてなかった気がする。
「で、その人彼女いるの? 好きな相手は居るの?」
「いやいや、居ないとは言ってた。初恋がまだだから、好きな人が居る私が羨ましいとかは言ってた」
「うん? それはよくわかんないけど。でも、だったらお姉ちゃん可愛いから楽勝だって。それで? 普段はどんな事してるの?」
「ど、どんな?」
「どさくさに紛れて身体に触ったりとか、腕組んだりとか、色々あるじゃん。どんなアプローチかけてるの?」
「え、そんな事するわけないでしょ?」
え、中一だよね? 大丈夫なのかな。
「だったら、お姉ちゃんは普段どんなアプローチ仕掛けてんの?」
「そんな事言われても……」
アプローチ?
アプローチって何? 好きって言えばいい感じ?
鹿島によく見て貰えるように頑張ってるけど、これは違うのかな?
「……え? う、嘘でしょ? 何もしてないの?」
「え? いや! ……あ、でも、勉強頑張ってるから。今のところ鹿島より上の成績とってるから、多分良い感じに見て貰えてるはずだよ。鹿島頭いい人好きみたいだしね。それに、部活も同じだから、部活動の時は良く話せるしね」
「は? 違うじゃん! それアプローチって言わないから! そのカシマさん? って人にお話してると楽しいって伝えるとか。一緒に遊びたいって言うとか、他の人に内緒の相談をするとか、そう言うのは何かしてないの?」
「あー……。んー、そう言うのはしてないー……かなぁ……?」
「ちょっとちょっとちょっと! なんもやってないの!? マジ? それでどうやって好きになって貰って、どうやって付き合うつもりなの?」
「や! だから! 頑張ってる所を見て貰って……。いいなって思って貰えれば、いいな……みたいな」
「うーわ。……お姉ちゃん冬ちゃんのこと心配だって言ってたけど、お姉ちゃんも大概なんじゃないの」
「いやぁ? ん-……」
「そんなんで好きって伝わるわけないじゃん! アピールしてアプローチしないと伝わるわけないでしょ。何もやってないならずっとクラスメイトのままで終わるけど、え? ちゃんとわかってるの?」
中一の妹に好き放題に説教されているけど、悲しい事に返す言葉が何一つ見つからない。
「もういいから、とりあえず今日のコーデ急いで考えよ」
「……あ、うん。おぉ、お願いします」
「お姉ちゃん可愛いのになんで彼氏いないのか不思議だったけど。……悠ちゃんとか抜きにしても、何となくわかった気がする」
その後、棒立ちになった私は妹に説教をされながら服を選び直して、背中に冷や汗をかきつつ鹿島との待ち合わせ場所に向かった。
え? マジ? もしかして、お姉ちゃんってバカなのかな?