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第87話 生意気な子だけど


 日曜日は生憎の曇天。


 天気予報の降水確率を見れば、雨が降る心配は必要ない。


 だけど、折角なら晴れて欲しかった。


「何処もおかしくない、よね。……うん。うん」


 服が散乱した部屋の中。


 ようやく決まったコーデを身に纏った私が、姿見にぎこちない笑顔を浮かべていた。


 塾に挨拶に行くだけの話。デートでも何でもない。


 それはわかっているつもりなんだけど、冬も居なくて、青島や服部も居ない。


 私と鹿島の二人だけのお出掛けは嬉しいけど、ものすっごく緊張もしている。


 鹿島の事が好きになる前はこんなの全然平気だったと思うんだけど、今は色々考えてしまって緊張で身体が強張る。服選び一つ取っても緊張するなんて、我ながら情けない。


「パンツでいいよね。スカートは……いやいや、絶対パンツだよね。塾行く時いつもそうだったじゃん。普通、普通が一番。今日に限って変に気合入れてたら、どうしたんだろうってなるからね。そうそう。そうだよ」


 デートでも何でも無いけど、気持ちは完全にデートなので困っている。


 鹿島の好きな服装なんて聞いた事もない。


 誰かの容姿を褒めている場面も思い出せない。


 入学直後に皆と寄り道した時に、夕花の事を綺麗だと言っていた事はあったけど、そのくらいしか思い出せない。


 ……好きな人が居ないと言っていたけど、鹿島ってそもそも女子に興味あるのかな。


 最近はずっと近藤にベタベタ引っ付かれてるけど、気にした風でもないし……。


 冬とか近藤達がくっついても、あんまり興味無さそうなんだよね。


 もしかして、本当に女子にあんまり興味ない?


 そんな事を考えながら散らばった服を片付けていると、唐突に部屋のドアが開いた。


「──冬ちゃんと遊びに行くのー?」


「ノックしなさいって言ってるでしょ」


「うわ、お姉ちゃんこわー」


 当たり前のように部屋に入って来た、妹のあおいだった。


 そんな葵は私の注意なんて聞こえないとばかりに、ズカズカと部屋の中を歩き、散らばった服を手に取っている。


 また私の服を勝手に借りるつもりなんだと思うけど、いつかは怒ろう。


「デートなら地味過ぎない?」


「別にデートじゃないから、このくらいでいいのよ」


 中一の癖に、グサっと来る事を言わないで欲しい。


「でも冬ちゃんと遊ぶんじゃないんでしょ?」


「だから? 返しなさいよ。それお気になんだから。勝手に着ないで」


「えー、貸してよー、どうせお姉ちゃん勉強ばっかで遊びに行かないじゃん」


 葵が持っている服に手を伸ばすも、簡単に躱されてしまう。……う、鬱陶しい。


「て言うか、葵サイズ合わないでしょ」


「成長途中だからね、でもすぐにお姉ちゃん抜くし」


「馬鹿言ってないで返しなさいっての」


 姉妹仲は悪くは無い方だと思うけど、特別に良くも無い。


 だけど、葵は私より冬に懐いているので、そこが面白く無いとは思っている。


 後、生意気な所は普通に可愛くない。


「で! 誰とデートなの?」


「だからデートじゃないって言ってるでしょ」


「ウソだぁ、絶対デートだよー! 昨日の夜から服考えてたじゃん」


 なんで知ってんのよ。


「部屋の外までお姉ちゃんの呻き声聞こえてたもん。これじゃないあれじゃないーって、独り言聞こえてたから、お母さんと絶対デートだよねーって話してたんだよね」


「う……」


「でも悠ちゃんないんでしょ? なんでなんで? 高校で新しい男が出来たの?」


「……うるさいなぁ」


 冬に懐き過ぎたせいか、最近の葵は小さな冬みたいになっている気がする。


「こないだ家に来てた人だよね?」


 葵に付き合っていると疲れるだけなので、無視して片付けをする事にしたんだけど、お構いなしに話しかけてくるのがこの子なのよね。

 

「青島さんだっけ? 悠ちゃんよりカッコイイ人って初めて見たかも! ヤバくない? 何あのルックス」


 確かに青島はイケメンかもしれないけど、葵と趣味が違って良かったー。


 初対面の子供には、鹿島の良さはわからないんでしょうね。


「でもあの人も良かったよね、もう一人、誰だっけ……? あの人もいい感じだったよね」


「はいはい」


 服部も人気はあるけど、違うんだよねえ。


 まあ、鹿島の良さは一緒に過ごしてみないとわからないよね。


「あの人、あの人。冬ちゃんと遊んでるうちに居なくなっちゃった人も良かったよね。名前知らないけど」


「ね! 鹿島いい──……でしょ」


 思わず反応してしまった私は慌てて口を閉じて、黙々と洋服の整理を開始。


 ベッドの上で寝転がっている葵が、ニヤニヤと嫌らしい笑顔を浮かべているのは見なくてもわかる。


「へー、カシマさんって言うんだ? いつから好きなの? もう付き合ってるの?」


 はいはい、無視無視。


「勉強会の時もちょっと買い物行くとか言って、雨の中出て行ったのになんも買って帰って来なかったけど。実はカシマさんに会いに行ってたりしてー」


 何この子、鋭い。と言うか怖い。


「私はいいと思うけどなー。悠ちゃんってカッコイイし良い人だけど、お姉ちゃんとあんまり似合ってる感じなかったしねー」


「……どの辺が?」


「どの辺って何が?」


「だ、だから……。悠馬と私ってどの辺が似合ってなかったのかって」


 相手にするつもりは無かったけど、あんまりにもしつこいから仕方なく。


 別に、葵の意見が気になるわけではない。


 だけど、何かの参考になるかもしれないと思っているのも事実。


「んー。何処がって言われてもわかんないけど、でも、あんまり合わなさそーって言うかー」


「はいはい」


 やっぱり、適当言ってるだけか。


「だって、お姉ちゃん悠ちゃんと同じ高校目指してたでしょ?」


「うん?」


「パパもママも何も言わなかったけどさ。私は、頭良いのにランク低い高校行こうとしてたお姉ちゃん馬鹿かもーって思ってたんだよねー。馬鹿っぽーって」


「……はいはい、そうですね」


「で、そう言わない悠ちゃんも駄目だなーって思ってたから。だからあんまり似合ってないかもーって」


 久しぶりにした葵とのこう言う会話。


 初めこそ何の話しをしているのかわからなかったけど、話を進めて行けば、葵の方が色々と考えている事を知る事となった。

悪い子ではないんだよね、葵。……生意気だけど。

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