第83話 勉強の合間
つい先日勉強会もしていたから、勉強していないって事はないはずだけど……。
この中では姫野が少し出遅れているのも事実なので、不安になっているのかもしれない。
「大丈夫だって。吉永と一緒に勉強してたんだろ? 今日の所はまず過去問を解いて、その結果を見ながら本番までに傾向と対策を練ればいいんじゃないか」
明らかに動揺している彼女が少し不憫に思えたので、ちょっとだけ励ましておく事にした。
そうして、俺の言葉を受けた姫野がブンブンブンと頭を縦に振って頷いていると、再び部長が口を開いた。
「その通りですよー。吉永さんと鹿島君と中野君。三人には中間よりも上を目指して貰いますので、そんな舐めた事を言っていると私も怒っちゃいますけどー。姫野さんはまず、現時点で、何処で躓いているのかを洗い出しながら、成績を伸ばしていきましょー」
ニコニコ笑っているけど、相変わらずちょっと怖いんだよな安藤部長。
「はい!」
姫野の評価は部長も測りかねている様子。
吉永に聞いた話では、中三の二学期から驚異的に学力が向上したとの事だったので、尻に火が付かないと集中力が発揮されないタイプなのかもしれないが、それすら何もわからない。
「うんうん、良いお返事ですよ、姫野さん。そうは言いましても、夏には高校最初の全国模試を受けさせられるはずですので、学校の試験なんて適当に流すくらいでいいんですよー。適当でー。深山の教師陣も模試の結果を重視する傾向にありますしねー」
「安藤部長は最初の模試どんな感じだったんですか?」
ニコニコ笑っている部長に中野が質問をしたが、俺も気になっていたので助かる。
「最初は真価ゼミの全国模試ですからねー。うーん、下の方の高校と言うと言い方は悪いかもですが、偏差値の低い所も多く受ける模試なので偏差値はあまり参考になりませんよー?」
「それでも、安藤部長がどんな感じだったのかだけ教えて下さい!」
「うーん……。そうですねー……。詳細までは家に帰って確認しないと覚えてないんですけど、どうでしたかねー。どれも偏差値60から70の間だったと思いますよ。──あ、でも確か、日本史の偏差値は80超えてましたねー。そんな偏差値もあるんだなーとか思っていた記憶があります」
「おおー! 部長凄いです!」
「いえいえ、凄くないですよー。一年の頃は私より上の順位の方は何人もいましたからねー。吉永さんと鹿島君と中野君も、多分ですけどこのくらいの偏差値になるんじゃないですかねー」
部長の言う通り、真価ゼミの全国模試は高い偏差値が出やすい傾向にあるとは聞いている。
なので、あまり参考にはならないのかもしれないが、それでも偏差値80はちょっとヤバくないか。
だが、それより気になる言葉もあった。
「部長って一年の頃はトップだったわけじゃないんですか?」
「うん? うんうん。私が成績伸び始めたのは一年二学期のー、10月か11月の模試だったかなー? だから、それまでは学校の試験順位は30位とか40位とかその辺でしたよー」
「そうだったんですか? 意外です」
吉永の言葉には俺も完全に同意だ。
過去問を解くと言う事で離れた席に座っている中野も、顎に手を当てながら少しばかり驚いているように見える。
「どうしてそんなに成績が伸びたんですか! 部長!」
「それは勉強をしたからですねー。凄いでしょう、姫野さん」
なんとふざけた返答だろうか、流石は安藤部長だ。
なんて事を考えていると、クスクスと笑った部長が話しを続けてくれた。
「冗談ですよ、姫野さん。いえ、勉強はもちろんしていましたけど、成績がぐっと伸びたのは、ずっと一人で勉強していた私に八重島先輩が色々と世話を焼いてくれたからですかね」
「勉強を教えるのが上手な人だったんですか?」
時々出て来る八重島先輩、気になるな。どんな人なんだろう。
「いえいえ、いつも何言ってるかよくわからない人でしたよ。意地悪な事ばかり言う癖に成績だけは凄く良くて、何度馬鹿にされた事か。思い出すとムカついてきましたねー」
「え」
「そうなんですか?」
マジでどう言う人なんだろう。
「……ただ、人と関わる事の大切さは教えてもらえましたね」
「人と関わる、ですか?」
「うんうん。お喋りになれとは言いませんが、色々な人に興味をもって沢山話をすれば脳はそれだけ沢山の刺激を受けますからね。ほら、何気ない雑談一つとっても、大切な人との会話はとてもよく記憶に定着しますよね? 興味のある歌の歌詞はすぐに覚えますよね?」
「確かに! 私も紅葉との会話なら良く思い出せます!」
「うんうん。ですから、勉強以外にも興味を持つ切欠をくれた、と言う意味で八重島先輩には感謝していますよ」
本当にどう言う人なのか、気になるな。
「八重島先輩ってどんな人だったんですか! 写真ないんですか部長!」
ナイスだ、姫野。俺もそれを聞きたかった。
「あるあるー。うーん、はい。これだよー」
勉強をする為に集まったはずの調理実習室では、しばらく雑談が続いたが、中野を含めた一年全員が興味津々なのでセーフだろう。
と言う事で、スマホを取り出した部長が、部活のグループリリンクに写真を送信してくれた。
八重島先輩とは果たしてどんな人なのか。
期待半分不安半分で覗いたスマホには、なんともド派手な人物が映っていた。
そこには、金髪に染めた髪をモリモリに盛って、そんなモリモリの頭の上にケーキを乗っけた船を乗せたギャルが、両手を広げた変なポーズを取っていると言う謎の写真が添付されていた。
……な、何だ、この人は。
「この人が八重島先輩なんですか! かわいー! 私もこんな髪してみたいかも!」
「うんうん。可愛い人ではあったけど、髪を真似るのは止めた方がいいよー。この写真撮った後、流石に先生に注意されてましたからねー」
間違えて送った写真と言うわけでは無く、この人物が八重島先輩なのか。マジか。
俺と中野は互いに見合って黙り込む事しか出来なかった。
「髪型変えるなら私も一緒に考えてあげるから、冬はこう言うのは止めておきなさい」
「でも、金髪に染めてみるのも面白そうかなって!」
「うんうん。それはいいけど、私も吉永さんもこの髪型は止めておきなさいって言ってるんだよー」
「ふわふわで可愛いのにー」
だが、黙り込んだ俺と中野と違って、姫野だけではなく吉永も、安藤部長と一緒にキャッキャキャッキャと盛り上がり始めた。
やはり女子。流石女子。お洒落にも色々あるのだな。
そんな訳で、スマホに映る八重島先輩をもう一度見た俺が、仮に吉永がこんな髪型をしたらどんな感じになるだろうかと想像をしてみると──意外にもアリだった。
……いや、まあ、仮に吉永がスキンヘッドになったとしても、吉永の時点で俺には可愛く見えると思うけど。
その後、少しだけ八重島先輩の話題で盛り上がった安藤部長+料理倶楽部一年生は、十九時前までみっちりと勉強をしてから帰路に就く事になった。
二人きりではないけど、吉永とのこういう時間が何より好きだったりする