第82話 まずは勉強に集中
期末テストの範囲が発表されて、テスト一週間前に突入した深山高校。
当然ながら校内の空気は、完全に勉強一色で染まる。
新校舎の自習室は早朝も夕方もいつも満員で、テスト期間中に設けられる特別勉強室と呼ばれる、ただ机を並べただけの教室にも生徒が溢れかえっている大盛況ぶり。
深山高校の卒業生で現役の大学生が時々チューター役として来てくれる為、先生よりも歳の近い卒業生に気軽に質問や相談が出来ると言う事で、自習室や特別勉強室は根強い人気がある、と言う話を聞いた事がある。
もちろん、自習室や特別勉強室のみならず、一年一組の教室だって勉強の空気が充満している。
「おはっす」
「うっす」
朝登校して来て教室に入れば、殆どのクラスメイトが教科書を片手に何かしらの雑談をしていて、俺の席の隣にいる青島も教科書を開いて真面目に勉強している様子が見て取れる。
此間吉永の家で開かれた勉強会では、俺は殆ど何も出来なかったので詳しくは知らないんだけど、青島の進捗はどんな感じなのだろうか。
いや、まあ、大丈夫か。
今回に関して言えば、青島より自分の心配をした方がいいかも。
と言う事で、席に着いた俺も勉強をする事にした。
「ん」
だけど、その前にスマホを見たら、リリンクにいくつかの新着メッセージが溜まっている事に気が付いたので、まずはそちらに目を通す事に。
どれも友達からの他愛もない内容で、中学の友達からの遊びの誘いや近況報告が殆どなわけだが、もちろん遊びの誘いだけでは無い。
『今日の放課後、調理実習室行くか?』
中には中野からのリリンクで、内容は実にシンプルなものある。
『行くぞ。中野も行くだろ?』
なので、俺もシンプルな返事を送る。
このくらいの内容なら直接聞いてくれてもいいんだけど。
と思ったけど、逆にこのくらいの内容ならリリンクで聞いた方が楽か。
俺の席から少し距離がある中野の席を見ると、勉強中だった中野が鞄の中に仕舞っていたスマホから流れたリリンクの通知音に気付いたようで、慌てて取り出す様子が見えた。
相変わらず面白い奴だな。
『スマホの通知音切っておいた方が良いぞ。授業中になったら先生によってはクソキレるしな』
だから、今まさにスマホを見ている中野に向かってもう一度有益なチャットを送信。
再び鳴ったリリンクの通知音に驚いた様子の中野。
そんな中野の姿に満足した俺は、軽く笑いながら自分の机に振り返る。
朝見てから登校するまでの間にいくつものチャットが来ていたが、緊急性の高そうな物が無いかだけさらりと確認。
そうしたら、後は放課後まで放置する。
大学受験が終わるまでの間、スマホに触っている時間は短ければ短い程良いからな。
小中でもやたらとスマホに依存してる人達が居たけど、俺の場合はスマホよりサッカーだったから変に依存せずに済んで、今はそれが勉強に向いている感じ。
とは言え、気を抜くとスマホ中毒に陥り兼ねないので、その辺はきっちりと自制している。
「ん」
と思ったんだけど、とある人物からリリンクが届いている事に気付いたので、もう少しだけスマホと向き合う事にした。
俺と同じで、サッカーボールから手足の生えた薄気味悪いゆるキャラを、アイコンにしている相手からのチャット。
仲が良い友達であっても学年が上がってクラスが変わったり、卒業して高校が別々になれば接点がなくなるので、そう言う友達とは余程仲が良くない限り疎遠になっていく。
仲の良かった友達は別として、中学まで何となく話していただけの友達とは、卒業以来一度もリリンクをしてないしなー。
精々が、同じサッカー部の部員だった奴ら十人から二十人くらいとしか、もう繋がっても居ない。
今楽しく話しているこのクラスの人達も、三年になって文理クラスに分かれるようになれば徐々に疎遠になっていくのだろうとは思うけど、それでも今は皆で仲良く出来れば良いなと思う。
『今度ボロ塾来るってマジすかー?』
送られて来たチャットを見れば、スタンプがポンポン飛んできていたので、適当に返信。
『その予定。月末のどっかの土日な』
『何しに来るんですか?』
『それは俺も知らん。それより何であんな所行く気になったんだ?』
『さあ? それはこっちも知りませんよ。て言うか、先輩がオススメしたんじゃないですか』
それに、全員が全員疎遠になるわけではない。
なので、今みたいに別々の学校になっても、時々絡むくらいに仲の良くなれる相手が見つかる事もある。
尤も、今チャットしてる『真』と疎遠になる事だけは、絶対にあり得ないんだけど。
絵文字とハートマーク、スタンプ多めの真とのチャットはしばらく続いたが、いい加減鬱陶しくなってきたので切り上げる事に。
『もうホームルーム始まるからまたな』
『ういー。またご飯食べましょうねー、先輩』
『それは良いけど、ちゃんと勉強しろよ』
最後に、俺が話しを区切る為のチャットを送れば、サッカーボールから手足が出ている化物が親指を立てているスタンプが送られて来た。
やっぱ、このキャラ可愛くないな。アイコン変えるか。
◇
テスト一週間前の授業では、先生の話す言葉を一言一句聞き逃してはならない。
時々、これ絶対出題するつもりだろ、と言う様な話しぶりになる先生がいるので、そう言う授業では特に聞き逃してはならない。
特に、技術家庭や保健体育等々の副教科の授業に関しては、先生が授業に話している内容と配れているプリントを覚えるだけで、たぶん誰でも満点が取れるようになっている。
副教科のテスト内容を難しくするメリットなんて一ミクロンもない。
なので、副教科に関しては真面目に勉強に取り組んで居れば、全員が満点を狙える程度の内容になる事は間違いない。
もし仮に難しい問題が出てきたとしたら、その問題を作った先生は頭がおかしい、気が触れていると考えて問題はない。
受験に関係ない事で生徒の頭を浪費させる悪しき先生です。許してはなりません。
「──ですので、副教科の勉強は適当でいいんですよ。私もまだ百点以外取った事ないですしねー。難しいテストなんてまずないですよ」
一日の授業が終わった、放課後。
調理実習室に集合した一年一組の部員の前で、いつも通りニコニコと笑っている安藤部長が、そんな内容のお話をしてくれた。
部活動が禁止されるテスト一週間前。
何をどうやって申請したのかは知らないし知りたくもないけど、料理倶楽部は部員全員の成績を向上させる名目で、調理実習室の使用を許可されたらしい。
……と言うか、普段週一でしか活動しない料理倶楽部が、テスト期間中にだけ毎日活動していると言うのは、どうなんだろうか。
「全員のタブレットに私が一年の頃に纏めていたノートの内容を送るので、家ではそれと教科書を見て勉強して下さい。過去問も全部差し上げますけど、今日はまず一年の期末で私が出された数学を解いて貰います。まさかテスト一週間前になってからテスト勉強を開始するからわからない、なんて人はこの中にはいませんよね?」
受験生で自分の勉強が忙しいはずなのに、一年生の為に顧問を変更してくれたり。
テスト期間中に部室の使用許可を取ったり、一年相手に真面目に勉強を教えてくれたりと、安藤部長は本当に面倒見が良い。
そんな部長の言葉に、俺と吉永と中野が静かに頷く中。
「……わ……! が、頑張ります」
目に見えて動揺している姫野が目を泳がせていた。
吉永の期待には頑張って答えたいしな。