第80話 緩い部活動でもいい
もちろん、近藤からの遊びの誘いは大変ありがたい。
折角ならーと、出来るだけ男子に声を掛ける事にはしたけど、そうは言っても少しばかり先の予定である事に変わりはない。
直に期末テスト一週間前に入るので、浮かれている頭をきっちりと切り替えて勉強に集中するのが最優先事項である。
勉強あっての学生であり、勉強あっての遊びである事を忘れてはならないだろう。
深山高校の生徒は何処まで言っても勉強が第一だ。
「来週からテスト一週間前に入るので、部活動は全部休止です。もちろん、私達の料理倶楽部も例外ではありません。今日の活動が終わると、来週はテスト一週間前でお休み。再来週はテストでお休み。そしてその次の週になってようやく部活動が出来ますが、その日が三年生の引退日になりまーす」
料理倶楽部の部室。
調理実習室では、いつも通りニコニコと楽しそうに笑っている安藤部長が、そんな事を言いながら楽しそうに拍手をしていた。
「引退しないでください! 部長!」
そんな部長の言葉を聞くや否や立ち上がった姫野が、手を挙げならハキハキと喋った。
「相変わらず無茶を言いますねー。姫野さんが次のテストで学年一位を取ったら考えてあげようかな」
安藤部長の言葉を受けた姫野は、何も言わずに静かに座った。
「ふふふ。引退と言っても料理倶楽部は週一活動ですからね、私は二学期の途中まで部活に顔を出すつもりだよー」
「やったー!」
「え、いいんですか?」
部長の言葉に喜び再び立ち上がった姫野を無視した俺は、思わず質問してしまう。
「うん? いいよいいよ。本来、受験勉強に支障がないのであれば部活動を引退する必要自体ないですからねー。でも、もちろん部長は変わって貰いますし、毎週必ず顔を出せるわけでもないから、時々になるでしょうけどね」
「おおー! 部長受験生みたいです!」
「そうなんですよー。実は私受験生なんですよねー」
相変わらずニコニコ笑顔で楽しそうに話している安藤部長と姫野。
どう反応すればいいのかわからない俺が新見先輩、寺尾先輩、岩瀬先輩を順番に見るも、なんとも言えない顔の先輩と目が合う。
隣に座っている中野に至っては完全に真顔だ。
「そんな実は受験生だった私から、いくつかお話しておくべき事があるので、聞いて下さいね」
そう言って、口に人差し指を当てて静かにするようにとジェスチャーをした安藤部長が、一拍置いてから再び口を開いた。
「料理倶楽部の次の部長のお話や、全然部室に顔を出さない顧問の先生のお話、私達三年生が引退する日に作る料理のお話。今日は話題に事欠かないですね」
顧問と言えば進藤先生だったっけ、殆ど部室に顔出さないけど何の話だろう。
今の所お菓子作りでオーブンくらいしか使ってないからいいけど、今後火を使う調理をするなら、たぶん部室に居て貰わないと駄目だよな。
「まず新しい部長ですけど、これは岩瀬さんしかいないですよね。反対意見がなければ皆で拍手ー」
部長が拍手をすると、それに続いて岩瀬先輩以外の部員全員が拍手をして、調理実習室にはしては賑やかな音が響いた。
「ではでは、岩瀬さんには私達三年の引退日に部長就任挨拶をして貰いましょー。格好良い挨拶を考えて来てくださいねー」
「は、はい!」
「では、部長が決まったと言う事で次は副部長なんですけど、一年生で誰か副部長やりたいと言う方はいますか?」
「はいはいはい! 紅葉が良いと思います!」
「ちょ、ちょっと冬」
「紅葉は中学の時も吹奏楽部で部長をしていて、皆を引っ張ってくれる良い部長でした!」
「うんうん。実績と経験があるのは素晴らしいです。吉永さんが問題なければ是非とも副部長さんをお願いしたい所ですねー」
部長と姫野が勝手に話を進めていく状況に、微妙に困惑した様子の吉永。
個人的な意見なら、しっかり者の吉永が副部長になるのは有りだと思うんだけど、気になる事もある。
「何で一年からなんですか? 岩瀬先輩が部長なら、副部長は里見先輩でいいんじゃないですか?」
と言う事で、困惑している吉永への助け舟を出すついでに、気になっている事を聞いてみる事にした。
「うん? うーん……うん。里見君はほら、無理を言って料理倶楽部に入って貰っているわけだからね。特に仕事があるわけじゃないとは言っても、副部長を押し付けるのは可哀相かなと」
「そうですか?」
うーん……なんか、モヤモヤする。
安藤部長を始め、三年の先輩は複雑な表情を浮かべているけど、里見先輩に気を遣い過ぎじゃないだろうかとも思う。どうなんだろ?
岩瀬先輩とか一年メンバーは、割とどっちでも良さそうな顔してると言うか……。
まあ、人数合わせの為に頭下げて無理に入って貰ったと言うのは本当の話なんだとしても、それはもう一年以上前の話なわけで。俺達一年はそもそも知らない話なわけで。
「でも、一応聞いてみるだけ聞いてみた方がいいんじゃないかなってのが、俺の意見です! 失礼しました!」
先輩方が何とも言えない表情を浮かべる理由も、わからなくはない。
里見先輩は今日だって顔を出して無いから、そもそも副部長に相応しいかどうかもわからない。
だけど、調理する日は絶対に部活に顔だしてるんだよな、あの人。
挨拶くらいしかした事なくて、全然話した事のない人だけど……。
なんとなくだけど、料理に興味ないって事は無いんじゃないかな、とも思っている。
本当に興味なかったら、調理する日だって絶対来ないと思うんだよな。
入部する時の出会いが独特だった事で、気後れしているのかもしれない、それはわかる。
だけど、里見先輩もそうだけど、三年生の先輩方の方も無駄に気にしすぎていると言うか壁を作っちゃっていると言うか、そんな気がしているのは俺だけだろうか。
多分だけど、里見先輩は普通に良い人そうと言うか、部活入った直後は知らないけど今は普通に料理好きになっているんじゃないかなと思う。たぶん。
「……私も、鹿島と同じ意見です。里見先輩が引き受けてくれるのであればお任せしたいと思います。ですので、引退日に改めて里見先輩に聞いてみませんか?」
「ええーーー!」
ええーじゃねえよ。
「うーん……うん、わかりました。じゃあ副部長は保留で。次の部活日、調理が終わった後で聞いてみましょう」
姫野以外の部員は納得しているようで、軽く頷いているのが見える。
「はい、では静かにー」
部長、副部長についての短い話が終わると、人差し指を立てた右手と左手を顔の高さまで持ち上げた安藤部長が、両手を軽く左右に動かしながら次の話を始めた。
時々見るあのポーズはなんなのだろうか。
静かにしろと言う部長なりのポーズなのかもしれないけど、質問した事が無いので詳細はわからない。
いつだって部の雰囲気はいいからな。




