第8話 珍獣と書いて姫野と読む
色々あった高校生活の二日目は終わってしまったが、学生の一日が終わるわけではない。
今日も午前中で終わって、明日は課題テストでそれが終われば週末。
そんで月曜日から授業かー、案外普通だな。
いや、だけど、普通は二日目に課題テストがあって、三日目にオリエンテーションじゃないのか? 順番おかしくね?
とか考えながら帰支度をしていたら、隣の席に座る今日出来たばかりの友達こと青島康太が声を掛けて来た。
「──って事で、今日は飯食いに行く?」
「今日は?」
「あそっか、蒼斗は知らないか」
「なんだよー、教えてくれよー」
「言われなくても教えるってか。ほら、昨日俺とか服部とか後何人かの同じ中学の連中で帰りに飯でも食ってくかーって話になってさ」
「ああー……? あ、って事はアレか? 昨日姫野さんが一緒にご飯食べに行こうとしてたのって康太達だったり?」
「そそ。いや、うーん、一応言っとくと俺が誘ったわけでも無いってか、誰かが誘ったわけでもないんだけど──」
そこから青島が話した内容は、なんとも姫野らしい話。
三人しか深山に合格しなかった俺の中学と違って、青島と服部の中学は十数人が合格したらしい。
そんで、蓋を開けてみればその中の四人が同じクラスだったので、久し振りに会ったと言う事と、これからまたよろしくと言う事で──。
「──そんでまあ、知らない仲でも無いし皆で飯でも行くかーって四人で話てたわけよ」
そしたら、どうやらその話が聞こえたうちの姫野が声を掛けたらしい。
『初めまして! 同じクラスの姫野冬華です! これから皆さんでご飯に行くんですよね? 良かったら私とお友達もご飯を御一緒してもいいですか! 私と後、友達が二人いて、みんな合わせて三人です! 二人共良い人なので、どうでしょうか!』
「──どうでしょうかって言われても、まあ、同じクラスだから、親睦を深めるのはいいんじゃないかって感じで」
「うちの姫野がすまなかった。……そこから先はなんとなくわかるから、大丈夫っす」
困ったように眉を曲げて笑いながら話す青島に、俺は深々と頭を下げた。
「おーっす。何の話? なんで蒼斗頭下げてんの」
そうして、遅れて話に参加してきた服部に斯々然々と話をすれば。
「あー、アレはビビったよな。いやマジで」
昨日の事を思い出した様子の服部が苦笑いしていた。
「いや、マジでスマン」
突然知らない人に話しかけられるのもちょっと驚くが、それが姫野冬華みたいな美人なら更に驚く人が居てもおかしくはない。
斯く言う俺も、初めてあの生物に遭遇した時は、勢いにかなり驚いたものだ。
とは言え、姫野はただ24時間365日元気なだけの女子でしかない。
常に元気が有り余っていて勢いが凄まじいと感じる事はあるが、会話はちゃんと通じる。
裏表が無いと言うか表しか無いと言うか、基本的に嫌いになる要素のない女子でもあるんだけど……それが問題と言うか。。
中々に厄介なのだが、ちょっと距離感が近いからそこを勘違いしてしまう男子が現れてしまう事もあるとか。
吉永からそれとなく姫野の話を聞いた事のある俺が勘違いする事はないが、何も知らない男子なら思わず好きになったりするのかもしれない。
なんせあの容姿だしな。
「──て? あ、そっか。康太が姫野の事知りたいって言ってたのって、可愛いからとかそう言うんじゃなく?」
「それも無いとは言わないけど、どんな人なんだろうなって言う純粋な疑問だ。な、服部」
「うん? だな。姫野さんの友達二人ってのが姫野さんみたいな感じなら俺達の手に余るかもって。けど、蒼斗と話して安心したわ」
「だろう? 俺は至って普通の男だからな」
「普通の男子は姫野さんと吉永さんと三人で居たら緊張するんじゃね」
「三人ならわんねえけど、二人きりとか緊張するかもなー。姫野さん一人だけ芸能人みたいじゃん」
「そりゃ康太と服部が二人の事を知らないから言える感想だな。ああ、いや、姫野さんも吉永も良い人ではあるだけどな。ただ、あそこまで脈がないと緊張するのも馬鹿馬鹿しくなるから、すぐ慣れるんじゃないか」
片や、恋愛がよくわかっていない女子。
片や、小学生の頃からずっと片想いを続けている相手が居る女子。
残念ながら、入り込める隙間も余地もない。
俺に出来るのは精々、この学校に三好が居なくて良かったと安堵する事くらい。
幸いにも、俺はまだ吉永の事を想って泣いてしまう程にはこの恋にのめり込んでいないから、傷が浅く済むうちにどうにかならないかなーとも考えている。
「康太と服部があの二人を狙うなら止めはしないけど、あまりお勧めはしないかな」
自分自身へ言い聞かせるように、青島と服部に激励の言葉を送る。
「ご忠告どうも」
「俺はそもそも彼女居るし狙うとかは全然だな」
だが、服部の口から聞き捨てならない台詞が飛び出した事で、センメンタルで純情な感情は一瞬にして吹き飛んだ。
「なんで服部に彼女がいるんだよ」
「なんでって、なんでだよ」
「だよなー、しかもこのクラスにいるとか信じられるかー、蒼斗ー」
「え? マジ?」
「それがマジなんすよ」
「だれだれだれ? どこどこ?」
ヒソヒソと話し始めた俺と青島を見た服部は一度大きな溜息をついて、そして口を開いた。
「アミー、ちょっといい?」
服部がクラスの誰かに向かってそう言うと、すぐに返事があった。
「なにー、宗ちゃん?」
ざわざわと五月蝿い放課後の教室。
そんな返事をした誰かは、すぐに服部の前に現れた。
「なになに? あ、青島おはー」
「おはー篠原。もう昼だけどな」
青島と呑気に挨拶を交わしている女子は、吉永や姫野とまではいかないまでも、これまた中々に容姿の整った女子。
服部はそんな女子の腕を掴み、ぐいっと自分に近付けると、紹介してくれた。
「こっちこっち。ほれ、こっちが俺の彼女の篠原愛実で」
「どもー? 宗ちゃ──服部の彼女の篠原ですー?」
「そんで、こっちが鹿島蒼斗な」
「どもー、今日から宗ちゃん友達を始めた鹿島でーす」
「宗ちゃんはやめろ」
「あはは! 鹿島君面白いね、よろしく!」
篠原さんはそう言うと、右手を軽くあげて手を軽く開いたり閉じたりしながら挨拶をしてきた。
「よろしくー! いやー、それにしても本当に彼女が居たとは……」
「え? なになに? なんの話?」
「いや、蒼斗がさ──」
新しい生活。新しい学校。新しい友達。
新たな出会いの予感に誰もが色めくこの季節。
そう言うのを億劫に感じる人達がいるのは知っているけど、俺は友達が不要だとか一人でいる方が気楽だとか、そう言うタイプの人間ではない。
中学でもそれなりに友達はいたから、高校でもそれなりに友達が欲しいと思っている。
この中の何人が十年後、二十年後に一緒に居るかなんて知るわけがないけど、たとえ高校で途切れる関係だったとしても、楽しい時間は大事にしたい。
青島と服部に続いて、服部の彼女である篠原とも友達になって、この調子で新しい恋も見つかるといいなー。
なんて事を考えつつ楽しく話していたんだけど──。
「あー、こんにちはー」
いつの間にかすぐ後ろに吉永が居たようで、声を掛けられた事で漸く気が付いた。
「……うん? おお。どうした、吉永?」
「あ、いや。えっと──」
「紅葉ー! 待ってよー! あ、アミちゃん!」
そして、吉永の隣には当然のように姫野が居た。
「姫ちゃんだー」
アミちゃん姫ちゃんって。
姫野と篠原は既に仲良さそうだけど、打ち解けるの早過ぎないか。
「あ! てか、そうだ。二人共いい所に。姫野さん、昨日食事行こうとしてたのって康太あ──じゃなくて、この青島とか服部と篠原さんとかでしょ?」
「そうだよそうだよ! 私何も言って無いのによく分かったね鹿島君、凄いよ!」
本当に凄いと思っているのか、姫野は目をキラキラと輝かせている。
「凄いだろー、って事でどうする? 改めて今日みんなでご飯食べに行くのかなーって事を話してた所だけど。どうするんだ?」
「行きたい行きたい!」
俺の言葉を聞いた姫野は左手を俺の右肩に乗せ、右手を青島達に向けるようにハイハイと挙げると、それはもう嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
もし俺が吉永に惚れていなければ、この距離感のバグっているド天然ハイパワー美少女の笑顔にやられていたかもしない。
すぐ隣にある姫野の笑顔を見てそんな事を考えていた。てか、距離感ちっか。
しかし、そんな姫野のお腹に手を回した吉永が、すぐに彼女を俺から引き剥がしてくれたので一安心。
本当に姫野の保護者みたいな事してるんだな、吉永。
「冬はこっち。それで、あ、鹿島は行くの?」
そうして、姫野と位置を入れ替わるように、再び俺の背後に立った吉永が口を開いた。
「今日なら行けるって言ったの俺だしな。吉永は今日行けそう?」
「じゃあ、行こうかな」
「オッケ。って事で自己紹介はみんな集まってからもっかいするけど、とりあえず、こっちが青島で、こっちが服部で──」
「どもー」
「どもども、初めましてー」
「んで、こちらが宗ちゃんの彼女さんである篠原さん」
「姫ちゃんも吉永さんもさっき振りー」
「宗ちゃんはやめれ」
「アミちゃん!」
「宗ちゃん?」
俺の簡易的な紹介に各々の反応が返ってきた。
「その辺は皆集まってから話すとして、宗ちゃんは服部の事な。で、なんとこの二人は幼稚園からの幼馴染で小学生の頃からずっと付き合っているらしい」
彼氏彼女の話題に全く興味なさそうな姫野はおいといて、首を傾げている吉永に向けてサラリと説明を追加する。
「あ、そうなんだ。そっか、彼氏いるんだね、篠原さん」
そして、そこはやはり女子。
何処か緊張していた様子に見えた吉永も、彼氏持ちの女子と聞くや姫野同様に嬉しそうな笑顔になった。
中学の頃から女子ってのは恋バナが好きだねえ。俺も嫌いではないけど。
こうして、俺が高校で所属する事になるのであろう新しいグルーブが緩やかに動き出した。