第77話 今はただ、特別になる努力を
「でも……」
姫野冬華だけは駄目。あの子だけは、それは絶対に許せない。
他の誰を好きになるのも良い。他の誰と結ばれるのも良い。
でも、冬だけはダメ。鹿島が幸せになれるとは思えない。
鹿島の真剣な想いを、きっと冬は深く考える事もなく否定する。
好きとか嫌いがわからない。そう言う事に興味が無い。このままじゃ駄目なのか。
そんないつも通りの考えなしの言葉で、きっと鹿島の初恋を傷つける。
誰かの好きを理解出来ないような子に、鹿島の好きを傷つけられる事だけは、絶対に嫌。
「ホント、最低」
冬の事が好きなのに、冬の事が嫌い。
私は本当に気持ち悪い女だと思う。……ううん、醜いのかも。
鹿島に好かれる要素とか、何も無いんだよね。
浮ついた気持ちはいつの間にか胸の内に潜んでしまって、ベッドの上で仰向けになったまま天井をぼんやり眺めると、思考はどんどんクリアになっていった。
「よし、勉強しよう。……ん」
そうして、ゴロゴロと転がりながらベッドの端に移動して立ち上がると、スマホからリリンクの通知音が聞こえて来た。
『紅葉! 私絶対誰にも喋らないから、紅葉の好きな人のお手伝いするよ! 教えて! 頑張るよ!』
「ふふふ」
次々に送られてくるチャットとスタンプを見ると、冬の必死さがよく伝わって来る。
あの子はただ私の役に立ちたいと頑張っているだけ。
恩返しをするんだと良く言っているから、冬が頑張るのはいつだって私の為だって事をよく知っている。
冬は本当にいい子だから、私もあの子の事が大好き。
『冬に好きな人でも出来れば応援してくれればいいから。そんな事より私にチャット送る暇があるなら勉強してなさい。今日教えた所を今すぐに復習するように』
怒っているクマのスタンプを送ると、すぐに落ち込んでいるラベちゃんのスタンプが返って来た。
「全く……」
自然と零れる溜息と共に、笑みも零れる。
好きと言う気持ちも嫌いと言う気持ちも、どうして人は自分の心一つまともに制御できないのだろう。
こんなに苦しい気持ちになるくらいなら、心なんて邪魔でしかないと思う。
鹿島の事も冬の事も、考えれば考える程に堂々巡りに陥る。
答えのない問題と延々と向き合っているみたいで、どっと疲れる。
「ん。もう、冬は」
大人しく勉強をするかと思ったら、またリリンクの通知音が鳴った。
『ちょっと前に話した塾の挨拶の話なんだけど、期末終わった後で何処か行けそうな土日ある? 無理そうなら一人で行くから、吉永はあんま気にしないでいいからな』
『いつでも大丈夫』
鹿島からのリリンクだと分かった瞬間に、指が勝手に動いて返信していた。
「よし! やったやった!」
鹿島と二人で出かけられる!
それでもやっぱり心は正直で、鹿島からリリンクが来たと言うだけの事で簡単に喜んでしまう。
もし心が何も感じない無味無臭な物だったら、今私が感じている嬉しい気持ちもわからなかったのだろうと思う。
そう思ったら、心は少しややこしいくらいで丁度いいのかなとも思ってしまう。
『それと、今日は雨の中お見舞いに来てくれてありとう。嬉しかった』
「ううぅ」
続いて届いた鹿島からのリリンクを見ると、机に向かっていた私はスマホを持ったまま再びベッドに飛び込んでいた。
「そう言うとこ。そう言うとこ、ホントもう」
ちゃんとお礼のチャット送って来るとか。しかも時間差で。
ホントに誰とも付き合った事ないのかな。
私ずっと鹿島の手のひらの上で踊らされてるみたいに、感情ぐらんぐらんなんだけど。
「……よ、よし」
『鹿島の体調が良い時にまたお邪魔してもいい?』
おかしくないおかしくない。全然おかしくない。
またいつでも来ていいって言ってたのは鹿島で……。
だから、全然おかしくない、はず。
『いえ、プリンを頂いたので鹿島のお母さんにも改めてお礼を言おうと思いまして』
全然おかしくないと思うけど、慌てて言い訳チャットを送ってしまった。
私が鹿島の家に行きたがっているみたいに思われるのは、なんだか恥ずかしいから。
……いや、行きたいんだけど。
『何も無いけどいつでもどうぞ。後、プリンは安物だからお礼は要らないってさ』
『り』
本当はハートマークのスタンプも沢山送りたいけど、それは我慢。私のキャラではない。
リリンクは本当に素晴らしい。
顔を見ないで、声を交えないで、文字だけで意思疎通が出来るお陰で、本音を悟られずに済む。
「……あっつぃ」
とりあえず顔を洗ってから勉強をしよう。
欲しいと思ったタイミングでやって来た鹿島のリリンクが、一瞬で私の体温を上昇させてしまったので、顔を冷やして頭の熱を取る為にバシャバシャと顔を洗った。
「うん」
鏡に映る濡れた顔を見ると、火照りは少し取れたように思う。
ナイトクリームは後でもう一回塗ろう。
どうすればいいのかわからない事も多い。
ううん、わからない事しかない。
それでも、鹿島の初恋がまだだと言うのなら、私はただ、その相手になれるように努力をするだけでいい。
「勉強勉強ー」
とりあえず、今は出来る事を全力でやるしかない。
浮かれる気持ちが胸の中で暴れ回らないように、しっかりと抱き締めて。
分からなくても仕方ないから、上手に出来なくても構わないから、頑張ろう。
今はただ鹿島に見て貰えるような、彼の目に留まるような、そう言う素敵な女の子になれるように努力をしよう。
鹿島の目に少しでも長くとまるような、そんな女の子になれる努力をしよう。
☆
第二章『不器用な努力家たち』は、ここで終了です!
以下、次章予告。
お世話になった塾での挨拶と言う名目の、待ちに待った二人きりの初デート。
何処か様子のおかしい紅葉を心配しながらも、デートを通じて蒼斗が思い出すのは中学三年の冬のある日。それは、紅葉への恋心を自覚した大切な思い出で──。
期末試験が終了すれば、待っているのは深山高校の一大行事『宮祭』に向けた準備。けれど、夏休みを丸々使った準備が始まろうと学校全体が盛り上がる中、蒼斗にとある相談を持ち掛ける人が現れて……?
続きまして、密かに想い合う二人が急接近する裏側で物語が動き出す、第三章。
『笑顔の君でいて欲しくて』をお楽しみください。
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