第73話 優しさには優しさを
「ほらほら、玄関に立ってたら邪魔だから」
「おっと、了解。これ運んで適当に冷蔵庫に入れとけばいい?」
買い物が遅かった理由は、プリンとヨーグルト以外にも色々と買って来ていたからみたいで、玄関には一週間分の食材が詰め込まれた大きな買い物袋が二つ置いてあった。
と言う事で、まずは荷物整理をして落ち着こうと思ったんだけど──。
「そんなの母さんやるから、蒼斗はお友達の相手してなさい。ほら、どいたどいたー」
だが、買い物袋をひょいひょいと持ち上げた母が、颯爽と横を通り過ぎていってしまった事で、強制的に吉永と二人きりにされてしまう事となった。
「お、お邪魔します」
「……えっと、ああ、まあ、いらっしゃい」
何しに来たんだろう。
と言う純粋な疑問をそのまま口にしてもいいんだけど、それよりもまずは上がって貰わなければ。
「えー、あ、スリッパはこれ使ってくれれば大丈夫なんで」
「あ、はい」
何とも気まずい空気が流れているが、何をどうすればいいのか全くわからない。
と言うか、何でここにいるんだ。
靴を脱いでスリッパに履き替えた吉永を見ながら、この後何をすればいいのか考えても、残念な事に何も思い浮かばない。
「……体調、大丈夫? 思ったより元気そうで安心した」
「え? あ、ああ! 元気元気!」
そう言えば、仮病使ったんだったわ。
「そか、良かった。鹿島って体調崩した事無いって言ってたから、大丈夫なのかなって」
「大丈夫大丈夫、余裕余裕」
さっきまで落ち込んでいたのに、今の俺は吉永が心配してくれていたとわかっただけで、最高に嬉しく感じてしまっている。
世の中には女子に少し優しくされただけで惚れてしまうチョロい男がいると聞くが、もしかしたら俺もソレだったのかもしない。
自分ではそんな事は無いと思っていたんだけど、中野の言う通り俺はチャラ男で、ついでにチョロ男なのかもしれない。
なんて事を考えながら、嬉しさと虚しさの入り混じる微妙な気持ちに胸をモヤモヤさせていると。
「あ、じゃ、じゃあ、それだけだから! 鹿島が元気なら全然、それで良かったから。ごめんね、突然家に来たりして」
「いやいやいや! ……その、あー、わざわざ見に来てくれてありがとう。一応大丈夫だから」
「うん、大丈夫なら良かった」
目の前で僅かに頬を緩める吉永を見た俺は思った。
良い人過ぎないか、と。
リリンクで聞けば良いような事を、わざわざ家まで訪ねて聞くとか。
家が近いと言っても徒歩2,3分と言うわけでもないのに、雨の中わざわざ。
そんな事をされるから、俺みたいな恋愛経験の無い男子は勘違いしてしまうし、期待もしてしまう。
吉永は誰にでも優しい、そんな事はわかっている。
だと言うのに、それでもちょっと優しくされただけで、もしかして俺に気があるのかな! とか、キモい事を考えて期待してしまうくらいに、俺はチョロい男子なのだろう。
余裕のある大人の男なんて、夢のまた夢だな。
三好の事を知らなければ、ずっと勘違いしたまま楽しい毎日を送れたのかもしれないけど、そもそもの出会いがアレだからな。
三好が居なければ、吉永とは今も知り合ってすら無かったかもしれないと言うジレンマ。
「二人共いつまで玄関にいるの、プリン買って来たから食べるよー」
スリッパを脱いで再び靴を履こうとした吉永と、黙ってそれを見送ろうとした俺の下に、買い物の整理が終わったであろう母が現れてしまった。
「あ、私は、えっと──」
「まずは手を洗って、それからリビングにいらっしゃい。蒼斗はお友達の案内」
そんな感じで、言いたい事だけ言うと、母はまたスタスタと歩いて行ってしまった。
考えてもわからない事ばかりで、どうするのが正解かなんて、俺にわかるはずもない。
「──と言う事だから、とりあえずプリン食べてかない?」
だけど、仮病を使って勉強会を休んだ俺の体調を気にして、雨の中わざわざ訪ねて来た人を、そのまま帰すのは違うような気がする。
そんな恥知らずな事をする育てられ方はしていない。
「でも……ど、どうしよう」
「ここで吉永帰したらぜっったいに後で俺が怒られるから、嫌じゃなければ上がってってくれると助かる」
「嫌とかじゃなくて! ……えっと、あ、じゃあ、お邪魔します」
吉永が誰を好きであっても、俺の気持ちが通じないとしても、それは関係ない。
それは俺が彼女に冷たくしていい理由にならないし、雑に扱っていい理由にもならないだろう。
悲しい気持ちとか辛い気持ちとか、そう言うのを隠すのは得意だ。
病室に居た親父の前ではいつもやっていた事なんだから、ちょっと踏ん張るだけでいい。
「どうぞどうぞー。でも、多分安いプリンだからガッカリするのは無しで頼む」
「しないから、甘い物好きだしね」
「ういー。手はこっちで洗って、それから──」
好きとか嫌いとか、諦めるとか諦めないとか。
そんな話とは別に、優しさには誠実さで返さないといけない。当たり前の事だよな。
「吉永」
「ん?」
手を洗っている吉永に声を掛けると、軽く俺の方を向いた彼女が首を傾げた。
「心配してくれて嬉しかったです! ありがとう」
実は仮病です! とは流石に言えないので、せめて心配してくれた人に感謝の気持ちくらいは伝えないと、母に怒られる上に天国の父にも多分キレられる。
こんな不名誉な事で夢枕に立たれたくはない。
「う、うん。元気そうで、よ、良かった」
その後、随分と長い時間熱心に手を洗っていた吉永を連れて、リビングに向かうと、テーブルの上にお茶とプリンが置いてあった。
誠実さには誠実さを返さないとだよな