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第67話 好きな人の家は


 土曜日の早朝。


「……起きたぁ」


 五時にセットしたスマホのアラームが鳴るよりも前に起きた俺は、寝ぼけ眼を擦りながら歯磨き手洗いをして、とりあえずジョギングに向かう。


 運動部に入っていなければ運動をしなくていい。なんて事はない。


 寧ろ、運動部に入っていないからこそ、日々の運動は徹底しなければならない。


 ハードな運動である必要はないけど、ある程度の体力作りをしておいて損する事はない。


 そして、ジョギングから帰宅すればシャワー浴びて、後は時間になるのを待つのみ。


 朝食を食べると、土曜日だと言うのに仕事に行く母を見送ってしばらくすれば、ピンポンと呼び鈴がなった。


「よっす」


「うっす」


 九時過ぎに訪ねて来たのは青島で、今晩泊まる我が家に不要な荷物を置きに来たと言うわけだ。


「田邊さんは?」


「マンションの下で待ってる」


「おっけ、荷物置いたらさっさと行くか」


 服部と篠原は部活が終わった後に合流との事なので、全員揃っての本格的な勉強は二人が到着する午後が回った後からとなる。


 二人とも本当にタフだな。


 と言う事で、青島から受け取った宿泊道具を部屋の中に放り込むと、マンションの下で待機していた田邊と合流して、三人で吉永の家へと向かう事となった。


「おおー、ここか」


 住所と地図を頼りに歩けば、俺の家からそう遠くない場所に吉永の家があった。


 遠くないと言っても20分近くは歩いたが、それでも徒歩で行ける圏内と言うのは十分にご近所だろう。


 こんなに近いなら同じ小学校でも良かったと思うんだけど、校区の線引きは俺のような一般人にはわからない色々な問題があるのだろう。


 それに、そもそもの話、吉永と姫野は二人とも小学校は私立だったとか言ってたから、公立に通ってた俺と学校が被るはずもないんだけどな。


「吉永さんの家結構大きいなー」


「冬華は昨日から泊ってるんだっけ?」


「らしい。学校から帰ったらすぐに吉永の家に行ったんだってさ、ほら」


 昨日、俺と吉永と姫野の同じ中学トリオで組んでいるリリンクのグループチャットに、パジャマ姿の吉永と姫野の写真が送られて来たので、それを青島と田邊に見せた。


 パジャマ姿の吉永が可愛すぎて勉強に集中できなくなってしまったが、姫野は本当に良い仕事をしてくれたと思っている。


 今後もこう言う写真をどんどん送って来て欲しい。


「冬華と紅葉は本当に仲良いからね。と言うか、呼び鈴押すね」


「お、おう」


 吉永の家を前にして緊張から動きが止まってしまった俺に代わって、田邊が呼び鈴を押してくれた。


 呼び鈴を押せばすぐに反応があって、インターホン越しに吉永と田邊が短いやり取りをする様子を、俺と青島は一歩後ろに下がって黙って眺める。


 そうして、インターホンでのやり取りが終われば、すぐに玄関の扉が開いて、吉永──。


「どうぞー! いらっしゃーい!」


 ──ではなく、いつも通り元気一杯な様子の姫野が、俺達を出迎えてくれた。


 何で姫野が出迎えるんだよ。


と思う気持ちがある一方で、いつも通り過ぎる彼女を見ると肩から力が抜けていくので助かると言う気持ちもある。


「あ、いらっしゃい。どうぞどうぞ、入って入ってー」


 吉永も姫野の後ろからすぐに現れたが、何となく少し落ち着きがないと言うか、目が泳いでいると言うか、何かあったのだろうか? 大丈夫かな?


「お邪魔しまーす」


「きゃー! 夕花ちゃん今日もかわいー!」


「冬華は今日も元気そうね。お邪魔します」


 特に緊張した様子もなく入った青島、姫野に抱き着かれながら玄関に足を踏み入れた田邊。


「お邪魔、します」


 最後に、一瞬言葉を詰まらせてしまった俺が、背筋を正して玄関に入った。


「……い、いらっしゃい。えっと、こっちに、あの、リビングの方で。あ、鹿島の荷物預かるから」


「ああ、いや、大丈夫だから、このくらい自分で持てるから」


 他人の家を我が物顔で闊歩している姫野が、青島と田邊を引き連れて廊下を歩いて行く中。


 いつまでも玄関に立っている俺を心配したのか、吉永が話しかけてくれた。


「……その、お邪魔します」


「い、いらっしゃい」


 ヤバイ、何て言えば良いのかわからなくてまた挨拶してしまった。


 吉永も全然喋ってくれないけど、完全に引かれてるだろこれ。


 て言うか、あれ? 普段は吉永となんの話してたっけ。


 勉強と、勉強と、後は勉強の話をしてた記憶はある。


 要するに何も話してないな。


 ……俺と吉永の関係ってそんなだったわ、我ながら凹む関係だ。


「紅葉ー、鹿島くーん、何やってるのー?」


「ごめんごめん、すぐ行くからー。えっと、と、と言う事で! とりあえずこっちで」


「うぃっす!」


 姫野の声が聞こえると返事をした吉永は、そそくさと歩き始める。


 そんな訳で、背中を見せた彼女の後ろをついて歩いた俺は、冷静になる為にも深呼吸をする事にした。


「荷物置いたらこっちこっちー! 手を洗わないとねー!」


「紅葉の家なのに、ずっと冬華が案内するのね。よく遊びに来てたの?」


「小学生の頃は毎日のように遊びに来てたよ! 週末はお泊りもしたんだー!」


「へー。そう言えば吉永さんと姫野さんは小学生から同じだって言ってたっけ」


「そうだよー、ねー! 紅葉!」


「はいはい、お喋りはあとあと。冬は皆を洗面所に案内して、私は飲み物用意して待ってるから」


 吉永の言葉に元気よく返事をした姫野に案内されて手洗いを済ませると、再びリビングへ。


「とりあえずお茶で良かったよね? コーヒー飲みたいなら用意するけど」


「俺はお茶で大丈夫」

「私も」

「同じく」

「ジュースがいい!」


「それじゃあ適当に座って、勉強始めましょうか」


 姫野の発言をスルーした吉永に促され、各々リビングにある大きなテーブルに向かうと、これと言った雑談もなくスムーズに勉強会が始まってしまった。


 こうなる事はわかってはいたけど、もう少しくらい雑談するとかあってもいいんじゃないか、吉永。


「私は冬見てるけど、夕花は」

「やったー!」


「それなら私は青島かな。鹿島君は──」

「うっす!」


「んじゃあ、俺は一人で勉強してようかな。吉永と田邊さんのフォロー的な感じでなんかあれば呼んでくれればいよ」


 勉強会とは言っても、その内情は勉強苦手組の話を聞いて教える会なので、この中だと俺と吉永と田邊は参加するメリットがあんまりなかったりもする。


 だけど、教える事で自分の理解度を把握できて、復習にもなる。


 たとえば、自分ではわかるけど上手く伝えられない問題の場合。


 それはわかっていないのと同じ事なので、そう言った何となく理解したつもりになっている箇所を、青島や服部に教える事で完璧に補えるのは中々に良い。


 そんな感じで、各々が勉強に集中していると時間は一瞬で過ぎ去っていき、気がつけばお昼が過ぎていた。


「お昼何食べよっかー」


「私作るよ! 料理倶楽部だもん!」

 

「それ言ったら私も料理倶楽部だから。適当にお昼頼んでいいとは言われてるんだけど、何か食べたい物あったりする?」


「私は特に。それより紅葉のご両親は? すぐ勉強始めちゃったからまだ挨拶してないんだけど、ご不在?」


「今日はドライブに行ってるけど──」


「皆が来る前に出掛けてったよー! あおいちゃんも行っちゃたから寂しいねー」


 吉永に抱き着いた姫野が何やら言っているが、葵ちゃんってのは、確か吉永の妹だったか。


「はいはい、そろそろ夏で暑いから離れなさい、冬。でもそう言う事だから、帰って来るのは夕方になるみたい。晩御飯は一緒に食べると思うけど、いい?」


 そう言いながら、吉永は抱き着いてきた姫野をベリベリと引き剥がしていた。


 吉永のご両親か。どんな人なんだろ。


 卒業式の時はクラスも違うから会ってないし、入学式の時もチラッと見ただけで会話をしたわけでもない。


 優しそうなお父さんと綺麗なお母さんって感じはしたけど……まあ、吉永の親ならヤバイ人ではないだろう。


 姫野が楽しそうに話題に出している時点で、良い人そうではある。


「晩御飯オッケーと言うか、俺等が呼ばれていいの?」


「うちも夕方には母さん帰って来るから、康太も服部もうちで食べて貰うかーって話してたんだけど」


「そうなの? うちも晩御飯みんなで食べるつもりだったから全然どっちでもいいけど、そう言えばご飯の事何も話してなかったね」


「悪い悪い。どうしよ、晩御飯何時くらいになるかによるけど──」


「えー!! みんなで食べようよー! その方が絶対に美味しいよ!」


「そうね。冬華と少し理由は違うけど、食後も少し勉強するなら紅葉の家で晩御飯呼ばれた方がいいんじゃない?」


「うん。うちは土日だと18時には晩御飯食べるから、多分今日もそのくらい? 勉強会解散するのはちょっと早いかも?」


「だってさ。どうする、蒼斗?」


「じゃあ折角だしお呼ばれするかー。母さんにはリリンク送っとくから、お世話になりますって事で」


「やったー!」


「オッケー。て、それよりお昼何食べるかの話だったね」


 その後、ピザを注文して食べ終わる頃には服部と篠原が合流して、ゴールデンウィーク以来に集まったメンバーで本格的に勉強会を開始した。

心なしかいい匂いがする気がしたけど、絶対に口には出さない

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