第65話 安藤部長の事は好きなんだけど
世の中は自分を中心に回っているわけではない。
なので、勉強会を楽しみにする俺の事など関係なく、学校生活は続いて行く。
世界は何事もなく回る。学校も普通にある。
もちろん、部活動だって普通にある。
「中野ー、一緒に行くぞいー」
と言う事で、料理倶楽部の活動がある木曜日の放課後。
帰りの挨拶を交わして、次々に教室から去っていくクラスメイトに手を振る俺は、神妙な面持ちで自分の席に座っている中野翼に声を掛けている所である。
「……わかった」
「いやいや。そんな赤紙を貰った学生みたいな顔しなくても、料理倶楽部は全然怖くないからな?」
「鹿島がそう言うなら、きっとそうなんだろうな。それはわかる。だけど、僕は部活に入った事も無ければ、人との会話も苦手だから。……上手くやっていけるかどうか」
「心配しすぎだって。最近は教室でも休み時間になると藤本とかと良く話してるだろ。一緒一緒」
「藤本君は同じクラスで、席が隣だからであって、料理倶楽──」
「──あーもう、だから一緒だっての! ほら、いつまで座ってないで行くぞ」
「わ、わかった!」
被せ気味に言葉を並べた俺が、いつまでも机にしがみ付いて立ち上がろうとしない中野の腕を掴んで軽く引っ張ると、ようやく観念したようで何とか立ち上がってくれた。
近頃は積極的にクラスの人達と接するように頑張っている中野だが、まだまだ不安はあるのだろう。
最近は、堅苦しい長文の相談がリリンクに送られてくる事もあるから、色々と頑張っているのは知っている。
そうは言っても、俺と話す時みたいに適当に話していれば、それだけで大丈夫だと思うんだけどなー。
なんか俺だけ苗字呼び捨てにされてる上に、ツッコミの言葉が鋭利に感じる事もあるけど……。
だけど、変に難しく考えすぎないで、思ったように話してみるのが一番いいと思うんだけどな。話してて面白いしな、中野。
そして、中野と話しながら料理倶楽部の部室──と言う名の、調理実習室に到着すると、既に俺たち以外の部員が勢ぞろいしていた。
「失礼しまーす」
「し、失礼します!」
そうして、適当な挨拶をしながら入室すれば。
「鹿島君! 中野君! 二人ともやっほー!」
「やっほー。その挨拶好きだな、姫野さん」
「……やっ……ほ……」
「あ、いや、それは無理に言わなくていい」
いつも通り、部長を始めとした上級生よりも先に姫野が元気よく反応した。
「中野翼君だよね? いらっしゃい」
「はい! よろしくお願いします!」
次に口を開いたのは料理倶楽部の副部長。
三年の新見聡先輩で、入り口に立ったままの中野は、その場で深々と頭を下げていた。
そう言えば、仮入部の時も最初に俺に話しかけてくれたのは、新見先輩だったな。
安藤部長はいつもニコニコしてる人だけど、新見先輩は落ち着いていると言うか朗らかと言うか、そんな感じの人。
どっちが対応しても話し易いと思うんだけど、初対面の人が来た時に話す役目とか、部長と副部長で役割分担してるのかな?
「とりあえず空いている席に。と言っても一年生は皆同じクラスだから、固まっている方がいいかな? 後で軽く自己紹介をして貰う──って事でいいんだよね、安藤?」
新見先輩に話を振られた部長は、やはりニコニコしながら口を開いた。
「ですねー。まさかこの時期に入部してくれる子がいるとは思っていなかったので、抱負だけでも聞きたい所ですねー」
良い意味にも悪い意味にも受け取れるいやらしい言い回しは、安藤部長らしい。
「よし、とりあえず座るか。荷物は後ろに置いとけばいいから」
「わかった」
実習室の後ろの方に鞄を置いたら、いつも一年生トリオが座っていたテーブルに中野を誘導。
吉永と姫野が座っているテーブルに座って貰った。
「今日はチーズケーキを作る日だったので、中野君はラッキーですねー。そんなラッキーボーイな中野君には、軽く自己紹介をして貰おうと思うのですが、大丈夫ですか?」
「ホントだ! 中野君ラッキーだね! 料理倶楽部で料理するの、三週間ぶりなんだよー!」
「コラ冬、静かにしない」
「今は中野が話す番だから静かにしてような、姫野さん」
俺と吉永が注意すると、ピンと背筋を伸ばした姫野が口を閉じた。
「……僕は、料理に興味がある……と言うわけではない、です」
そして、姫野が口を閉じた後、少し間をおいて中野が簡単な自己紹介を始めた。
「ずっと勉強だけをしてきて、勉強しかない今を変えたくて、何でも良いからやってみようと思って、それで、料理倶楽部を選びました。すみません」
思っている事を馬鹿正直に言わなくてもいいんだけど、良くも悪くも隠し事が出来ない奴、真っ直ぐな奴なんだろう。
思っている事を全部曝け出せる奴は凄いと思うけどな。
「いえいえ、謝る必要なんてないですよー。そこにいる二年の岩瀬さんや、姫野さんや吉永さんは料理が好きだからと言う理由で入部されましたけど、私を含めた三年生もそこまで料理に興味があったわけでは無いですからねー」
安藤部長の言葉にうんうんと頷きたくなったけど、なんでその料理好きの中に俺が含まれていないんだよ。
それはまあ、確かに、部活なんて何処でも良かったよ。
週一だから料理倶楽部でいいや、と言うのが本音だった事も確かだ。
でも俺は、料理に興味があるから入部したと言う事になっているはず。
ちゃんと自己紹介の時にそんな風に話したはずなんだけど……と思って、部長に抗議の視線を送るも、やはりニコニコしているだけだった。
安藤部長の事はとても好きなんだけど、それでもやはり苦手でもある。
この人は視野が広すぎる。
俺が料理倶楽部に入った理由も見透かされているような気もするが……。
それだけじゃなくて、吉永の事が好きだと言う事もバレているような気がしてならない。
いや、絶対にバレていると確信している。
『料理が上手な男子がモテるのではありませんよ、鹿島君。モテる男子は料理も上手いのです。しっかりアピール出来るように頑張りましょうね。なんと、料理倶楽部は部内恋愛が禁止されていません』
いつだったか、リリンクでやり取りをしていた時にそんな事を言われたけど、あれは絶対にバレている。
安藤部長はいつも楽しそうにニコニコしてるんだけど、頭の中が常にフル回転していそうで、そこがちょっと怖いんだよな。
ちょっと苦手な気持ちがない事もない




