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第61話 言いたい事を言える人間は


「僕は自分の事を、頭が良い人間だと思ってたよ」


「うん」


 実際、良い方なんじゃないのか?


 と言いそうになったけど、たぶんだけど、今の俺が言っても嫌味にしかならないのでやめておいた。


「高校に入ってもそれは同じで。中間で入学直後の結果がはっきりと出た時ですら、そう思ってた」


「うん」


「でも、やっぱり違うんだって事が分かったよ。いや、教えて貰ったよ、鹿島とか佐々木君とか泉井君とか、直江君も永井君もそうだ。運動部の人達の事を、僕は、勉強をしない馬鹿な人達だと思ってた……と、思う。遠足や球技大会なんて下らない遊びで盛り上がっている人達の事を、ずっと、馬鹿な連中だって、見下してた」


「なるほどなぁ」


 詳しくは当事者ではないのでわからない。


 だけど、サッカーとか野球とかバスケとか、そう言った運動部に所属している人達に苦手意識を持っている層が居る、と言う事は一応なんとなく知っている。つもりだ。


 俺の中学ではそんな事はなかったと信じたいんだけど……。


 運動が出来るだけで偉いとでも思っているのか、小学校の低学年みたいな非常にヤバイ頭をした奴が運動部に居て、そう言う奴らが文化系だったりの大人しい男子や女子を揶揄うような事があるとも、聞かないでもない。


 それの何が楽しいのかさっぱりわからないが、いわゆる陰キャとか陽キャとかって言うのだろうか?


 そう言うレッテルを気にしているどっちつかずな連中が、自分より下の連中をイジメたり揶揄う事があると言うのは、なんとなく知っている。


 ……違うな。知っているつもりだっただけか。


 俺は今まで、その辺の事をあんまり考えて生きて来なかったからな。


 なんせその手の事で悩んだ事が無かったから。


 だから、中野が考えている事を知れて、本当に良かったと思う。


「でもまあ、それ言ったら、うちのクラスの吉永だって中学の時に俺が深山受けるって言った時に『鹿島ってそんなに頭良かったんだー?』とか言ってきた事もあったしな。運動部に、一定数どうしようもないくらいに勉強できない奴がいるのは確かだと思うよ。偏見だけどな! ははは!」


「そ、そうか。鹿島でもそんな事言われてたのか」


「言われた言われた、めっちゃ言われたよ。あーっと、悪い悪い、続きはなしてくれていいよ」


 懐かしい話だ。


 夏期講習の時だったかな、二学期入ってからは言われなくなったけど。


 あれからまだ一年も経ってないのに、なんか、懐かしいな。


「えっと。だけど、でも、実際は違ってたよ。少し考えればわかりそうなものなのに。いや、わかっていたんだろうけど、認めたくなかっただけか……。同じ高校に入ったって事は、皆今は同じくらいの頭だなんて当たり前の事なのに、そんな事もわかってなかったよ。僕は」


「入学直後は忙し過ぎて色々考える時間もなかったからな、仕方ないって」


「鹿島はそう言う奴だから笑って流してくれるけど……。僕はやっぱり仕方ないとは、思わないよ。だって、ただ認めたくなかっただけだから」


「認めたくなかったって言うのは、何がだ? ──っと、何を買うんだったかな」


「ああ、えっと、スマホに全部書いといたから。ちょっと待ってくれ」


 自販機に到着した俺と中野は、一度立ち止まって話を区切る事に。


 ガチャガチャと小銭を入れての自販機での買い物。


 最近は買うとしても電子決済で買うのが当たり前だったので、少し新鮮な気持ちかも。


「悪い悪い。それで、認めたくなかったってのは、何の事だ?」


 そうして、クラスメイトに頼まれたジュースを一本ずつ買って、近くのベンチに置きながら会話が再開した。


 有難い事に、各教室で盛り上がっているのか、自販機周辺には誰も居ない。


「……うん。僕は認めたくなかったんだと思う。僕には勉強しか無くて、勉強だけを頑張って来て、他には何もないから。運動が出来て、友達が沢山いて、彼氏や彼女が居るような人達が、僕と同じくらい──僕より勉強が出来るって、認めたくなっただけだったんだよ」


「そっか」


「勉強なら誰にも負けないと思ってた。深山だって志望校のランクを落して入った高校だ。だから、ここでならまた一番になれると思っていた。でも、違ったよ。遠足なんかで遊んでる奴が、部活ばかりして勉強してないはずの人達が。教室でヘラヘラと笑ってるだけの人が、そう言う人達の方が僕よりずっと上に居るとわかった」


「うん」


 ……えっと、ヘラヘラと笑ってるだけの奴って、もしかして俺の事?


 違うよな、中野? 違うと言ってくれ。


 と言いたかったけど、何とか飲み込んだ。……後で問い質すからな、中野。


「僕には勉強しかないから、認めたくなかった。ただ、認めたくなかった。僕より楽しそうにしていて、部活も友達も恋人もいるような、なんでも持っているような人達が、僕より勉強が出来る事を認めたくなかった。……羨ましかったんだよ。鹿島のような奴が羨ましかった」


「俺が?」


「友達もいて、運動もできて、姫野達も鹿島の話をよくしてて。皆鹿島の事ばかり話してて、何でも持ってる鹿島みたいな奴が、僕は羨ましかった。……だから、鹿島が話しかけて来る度に、鹿島が良い奴なんだってわかる度に、どうしようもない自分が恥ずかしくなったよ。胸の内で周りの連中を見下している僕と言う人間が、心底恥ずかしくなった」


 何でも持ってる、良い奴か。


 だったら、いいんだけどな。


「だけど、今は本当に悪かったと思ってる。鹿島にも、皆にも。何もしてないなんて、何の努力もしてないなんて、そんなはずがない事を今はちゃんとわかっているつもりだ。球技大会で話す皆を見て、真面目に練習をする皆を見て、わかった。皆遊んでるわけじゃなくて、一つ一つの物事に真剣に向き合ってるんだって。よく、わかったよ」


「まあ、そうだな。もちろん、遠足も球技大会もただの遊びだって所は俺も否定はしないけど。でも、遊びだからって、手を抜いていい理由にはならないだろ?」


「ああ。今は、そう思う。真面目にやる事に意味があるんだと、思う」


「だったらもう、それがわかればいいんじゃないのか? 今更俺に謝る必要なんてないし、気にする必要もないって」


「……うん。いや、だ、だから、ここからが本題なんだけど」


「お? うん、なんだ?」


 頼まれた分のジュースを買い終わった俺達は、とりあえずベンチに座ったまま、教室に戻る前にもう少しだけ会話を続ける事となった。

それだけで恰好良いと思うけどな

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