第6話 自己紹介と最初の友達
結局、三人で帰宅する事になったけど、学校周辺の探索に乗り出した俺は早々に二人の下から離脱。
そもそも、基本的に三人で居る時も喋っているのは姫野冬華が殆ど。
そして、そんな姫野が話す相手や話す話題の多くは吉永に向けられている。
と言う事で、時々相槌を打つだけのシンプルな相槌マシーンでしかない俺は、実の所あの中に居ても居なくても問題がない存在だったりするわけだ。
自分で考えていて寂しくなってきたな。
その後、吉永と姫野と別れた俺は学校近辺の道を行ったり来たりすると言う、端から見ればただの迷子にしか見えないであろう周辺探索を堪能してから、先生の言う通り真っ直ぐに帰宅した。
◇
二日目は一年生だけで集まって、あれやこれやと説明を受ける学年集会。
その他にも学校指定のタブレットの設定、委員や部活に関する説明等々。
各種オリエンテーションが行わるわけだが、その中にはもちろん、教室での自己紹介もある。
ただし、出席番号の一番ではなく、出席番号の一番後ろから始める自己紹介だ。
担任の先生は中々に面白い人なのかもしれない。
自分は最後に自己紹介をする事になると考えていただろう渡邉が、慌てていたのは面白かったが、それもすぐに落ち着いて、みんな大好きな自己紹介が開始。
そして、まあ、出席番号の後ろからと言う事で。
「吉永紅葉です。中学は──」
吉永の番はすぐにやってきた。
とは言え、俺からすれば知っている事ばかりの吉永の自己紹介。
だけど、当然ながら教室に居る殆どの者は、吉永の事を全く知らないので、自己紹介はそう言う知らない人達に向けて行われるイベントであると理解している。
しかも、可愛い女子の自己紹介ともなれば男女共に興味津々な様子で、豆な奴はメモまで取っているっぽい。
それに、俺だって全部が全部知っている内容と言うわけでも無い。
むしろ知っている事の方がずっと少ないので、自己紹介は有り難い時間と言える。
「中学では吹奏楽をやっていましたが、高校では別の事をしようかなと考えています」
特に部活に関しては、てっきり中学と同じように吹奏楽部に入るものだと思っていたので、吹奏楽部に入らないと言う事実は、俺にとっても意外な話だった。
だけど、だったら吹奏楽部やらないなら何の部活入るんだろ、と。
俺が抱いた疑問は直後に解決する事となった。
「えーー! 紅葉、吹奏楽部に入らないの? 何やるの!?」
他人の自己紹介中だと言うのに、俺と同じくこの事を知らされていなかった様子の姫野が、手を挙げて元気よく質問してくれたからだ。
マジで自由な人だな、俺も気になってたからいいけど。
「うーん……。まだわからないけど、でも、サッカー部のマネージャーとか面白そうかなって思ってまーす」
ニコリと笑った吉永に、恐らくはサッカー部に入部する予定の男子が目に見えて嬉しそうな顔をするが、なんて正直な奴らだろうか。
だけど、気持ちはわかる。
吉永がマネージャーになってくれたら毎日の部活が最高に楽しい事は間違いないだろうからな。
などと考えている間も、自己紹介は続いた。
無難に終わらせる者もいれば、ちょっとネタを挟む者もいたり。
たった二、三分の自己紹介の中にはその人の個性が宿るものだ。
そう言う、色々な個性が集まってクラスが形成されていくわけだが──。
「姫野冬華です!」
その中で最も強力な個性を持ち、多くの個性を惹きつけ、巻き込み、引っ張っていく者が、クラスの中心になる。
だけど、皆さんお待ちかねと思われる姫野の自己紹介は、あっと言う間に終わってしまう。
と言うのも……。
「話したい事が沢山あるので、三分では無理です! でも、皆とお友達になりたいと思ってます! 質問があればいつでも受け付けます! 皆と仲良くなれたらいいなと思っています! 以上! 終わりです! 次の方どうぞ!」
流石と言うか何と言うべきか、姫野は姫野だった。
先生が次を促す前に自分で次の生徒にバトンタッチをして、勝手に自己紹介を終わらせると言う荒業。
めちゃくちゃやってんなー、と。
そう思う気持ちもあるが、姫野の自己紹介が終わると教室は楽しい空気が溢れていたのだから、不思議なものだ。
淡々とした自己紹介はそこで終わり。
その後は皆、何処か楽しそうに話すようになって、姫野がやったのと同じ様に、先生に言われる前に次の生徒へとバトンを受け渡す流れが出来上がった──までは良かったのだが……。
「あ、はい、えー、なんだっけ。鹿島蒼斗と言います。すみません、何言うのか忘れてしまいました。えー、どうしようかな」
全員の自己紹介を熱心に聞いては、楽しそうに笑って拍手をしている姫野を面白がって見ていたせいで、自分の自己紹介で何を話すのかを忘れた間抜けが、この俺だ。
とは言え、そんな失敗も姫野が作った空気だと楽しいようで、みんながみんな笑ってくれたので結果オーライだろう。
「はいはいはい! 鹿島君!」
「はいはいはいはい、なになになに姫野さん」
そして、やはりと言うべきか、そんな状況に陥った俺にも、姫野は喜んで助け舟を出してくれる。
と言う事で、仕方がないので手を挙げた姫野を指名して、彼女の恩恵に預かろうとしたまでは良かったんだけど──。
「私は鹿島君と同じ中学なんだけど! 鹿島君深山高校入ってて、凄く頭いいんだよ! 紅葉も賢いんだよ!」
──普通に泥船だった。
「落ち着け姫野さん。ここに居る人は全員深山高校の生徒だ」
一体何を言い出すのかと思ったが、結果的には俺と姫野のやり取りでクラス全体が笑っていたので……まあ、やっぱり助かったと言うべきか。
ただし、吉永だけは全然笑ってなかったので、人によって笑いのツボは違うのだろう。
「まあ大体こんな感じで──あ、部活は料理倶楽部に入ろうかなと考えてるんでした。と言う事で、料理が上手くなったらご馳走するんで宜しくお願いします! 材料は各自で用意して下さい!」
沢山ある倶楽部の中でもかなりマイナーな部活ではあるが、学校のサイトにも載っていたので存在しているはずの部活。
料理倶楽部に入る事を決めていたので、それだけ言って自己紹介を締める。
こうして、考えて来た自己紹介の内容を忘れると言うやらかしはあったものの、自己紹介は無事に終わり、俺達のクラスは少しずつ動き出す事となった。
◇
自己紹介が終わって休憩時間になると、本当の意味でクラスが動きだす。
学校生活は先生が教室から居なくなってからが本番なので、俺達のクラスは今からが本番と言える。
「よろしくー、鹿島って呼び捨てでいい? 俺の事も青島でいいから」
「もち! お隣さん同士よろしくー」
これで俺の高校生活は安泰だ。
窓際の最前列に座る青島と、その横に座る同じく最前列の俺。
隣の席同士で友達になれれば、学校生活の八割は攻略したと言っても過言ではない。
「って事で、友達になった記念で聞きたいんだけどさ」
「答えられる事なら話すけど、どうせ姫野さんの事とかだろ?」
「あー、そりゃわかるか」
バレたかー! と言う感じのなんとも言えない笑顔を浮かべた青島には悪いが、バレバレだ。
「どうもー」
「ちーっす」
なんてやり取りをしている間に、俺と青島の間に更に別の男子が割り込んで来た。
軽い挨拶をしているのを見る感じ、青島の知り合いなのだろう。
「どうも初めまして、鹿島です。えーっと、服部君だっけ?」
「服部でいいよ。青と同じ中学だったからよろしくな」
「おっけ! 俺も鹿島でいいから、よろしくな!」
しかし、そうか。青、か。
「青島って中学では青って呼ばれてたんだ?」
「ん? ああ、まあ、青だったり赤だったり青島だったり、色々だったかな」
「赤ってなんだよ」
「いや、俺もよく分からないんだけど、なんかいっとき赤って呼ばれてた時もあったんだよ。な? 服部」
俺の質問は青島に渡り、青島の回答は服部へと飛んだ。
「あー、あったあった。あれ誰が言い始めたんだっけか、すぐに呼ばれなくなったけど。そんで、青のあだ名がどうかした?」
「ああ、いや、たいした事じゃないんだけどさ。さっき服部が“アオト同じ中学ー”って言った時に、一瞬俺の名前呼ばれてるのかと思ったなーって感じかな」
「ああー」
「ああー」
すぐに合点がいったと言う事は、二人共俺の下の名前まで覚えてくれているのか。
いい奴らだ。
「アオトだっけか。どんな漢字か聞いてもいい?」
「漢字はこれな」
青島に質問された俺は、すぐに生徒手帳を取り出して、座っている青島にも青島の近くで立っている服部にも見えるように漢字を見せた。
「蒼斗かー、かっけえ」
「日々名前負けしないように努力してるところだ。青島は──」
──下の名前なんだっけ? と。
そう質問するのは簡単だけど、言えば最後、俺は二人の下の名前を覚えていない薄情な奴になってしまう。
だが、実際問題、覚えていないのはどうしようもない。
いや、厳密に言えば青島は覚えているけど、服部が少し思い出せないんだよな。
なんせ服部の前に自己紹介してたのが姫野だったから、前任者の印象があまりにも強烈過ぎて。
「俺は康太だからなー、アオトくらい良い感じの響きが欲しかったわ」
「康太とかまだ全然いいって、俺なんて宗一郎だからな。いや、宗一郎も全然いいんだけどな? ……でも、服部とか宗一郎を並べたらなんとなく、ちょっと戦国感あるじゃん? 令和っぽくはないって言うか」
だけど、どうしようかと考えるより前に自白してくれたので、俺も二人の名前をちゃんと覚えていた体で話を続ける事にした。
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