表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/102

第59話 見ているだけで幸せになれる


 勉強、勉強、勉強、部活。勉強、勉強、勉強、部活。


 そして、勉強。


 目の前の課題に集中していると、毎日は一瞬で過ぎ去っていって。


 そしてやって来た、球技大会当日。


「え、なんで俺」


 教室からグラウンドに移動する前。


 一年一組の教室に集まったまでは良かったのだが、何故かペップトークを──いわゆる、試合前の選手に対する激励の一言を頼まれた。俺が。


 そう言うのって、クラス委員長か体育委員がやるんじゃないのか。


「いいぞー、言え言えー!」

「気合入る事言えよ鹿島ー!」

「学年優勝したらご褒美ちょうだーい!」


 何で俺がご褒美やらなきゃならないんだよ。


 適当な事を言いながら、俺を教壇前に引きずり出そうとするクラスメイトに思う所はある。


 とは言っても、皆に悪意が無い事はわかっているので、クラスの雰囲気を盛り下げないようにと思って両手をあげながら、意気揚々と教壇に立つ事にした。


「一言なんか言うのは良いけど、何でも良いの?」


 その手の言葉はサッカーでもよく言っていたから、別になんとも思わない上にいくらでも思いつくが、何が良いだろうか。


 ベターな言葉はそれこそ100でも200でも思いつくけど、ベターではなくベストを目指してこそ深山だろう。


「よし! それじゃあ鹿島蒼斗、一言だけ言いまーす!」


 良い事を言う必要は無いし、格好をつける必要もない。


 敢えて軽いノリで前置きをすれば、教室はいつも通りの楽しい雰囲気が流れたので、言うならここだろう。


「じゃあ一言。一組にはどんな事にも真剣な人達が集まってると、俺は思ってる。今日だって、言ってしまえばたかが球技大会だ。だけど、それをお遊びの行事と言って笑う奴はこの教室に一人も居ないよな? やるからには勝ちたいと思ってるよな?」


 うんうんと頷いているクラスメイトを見れば、吉永と目が合った気がするけど、恥ずかしいのですぐに逸らす事に。


 改めて、良いクラスに当たったと思う。


「うん。だったら、勝つのは俺達で決まりだ。俺達はいつも通りにしているだけで勝てる。目の前の試合に真剣にぶつかれば、それだけで勝てる。──って事で、わかったら全員で勝ちに行くぞー!!」


 俺の言葉に気合十分な返事が戻ってきた所で、皆でグラウンドに向かった。


 六月も下旬になると普通に暑い。て言うか、蒸し暑い。


 深山高校は一学年7クラスの全学年合わせて21クラス。


 全校生徒856人がサッカー、バスケ、バレー、ドッジボール、卓球の五種目に別れ、ぞれぞれのフィールドで競い合う。


 運動会よりも小規模だけど、クラスが一致団結する最初のイベントとなっている。


 勉強も受験も自分との闘いではあるが、一人での戦いではない。


 同じ大学を目指す仲間と肩を並べて乗り越える、学校vs学校、塾vs塾の集団戦だ。

 

 受験会場にいる同じ学校の生徒がどれだけ心強いか、同じ目標を見つめる仲間がいる事がどれだけ背中を押してくれるか、受験をすればわかる。


 俺にはまだその言葉の本当の意味は理解出来ないんだろうけど、先日開かれた深山の卒業生を招いての進路指導で、卒業生の人達がそんな事を言っていた。


 だから今日、一組は全員で結束を固める。


 初戦の対戦相手は三組。


 11人と11人。フィールド上にいる22人のプレイヤーと1人のレフェリー。


 フィールドの外に居るラインズマンに、その向こう側に居る応援する誰か。


「永井、直江! 二人でプレスいけ! つかさはそいつにピッタリ張り付いてるだけでいい!」


 懐かしい感覚。


かけるお前そこで良いと思ってんのか! 涼平りょうへい! すぐボール行くぞ!」


 だが、懐かしいからと言って気負う必要はない。


 俺はまたサッカーをやってるんだな。


 どうしてだろう。本当に、楽しい。


 ◇


「うへー、鹿島容赦ねえなー。なんかいつもとイメージ違うし、泉井も佐々木もサッカー部二人必死じゃん」


「でも鹿島君より後ろにボール行かないねー」


「それな。サッカーよくわかんないけど、面白いくらいピタッと鹿島の所でボール止まってんな」


「キーパーの加賀君なんもやってないね、あはは」


 鹿島達の試合を観戦しに来ていた一組のクラスメイトは口々に感想を口にしながら、フィールドを駆けまわっている生徒を応援していた。


「何だあの一年? ……ああ、あいつが鹿島か。素人相手だとしてもやっぱ目立つな」


「な。欲しかったよなー、マジで。佐々木と泉井が同じクラスだっつうから、誘ってたみたいだけど。高校ではサッカーやらないんだってんだから勿体ねえー」


「U-12ん時の試合動画見たけど、やっぱ全日優勝するチーム率いてた奴はなんか俺らと違うな。ダメもとで声かけてみっかなー」


 一組が応援している少し離れた場所では、自分たちの試合まで暇を持て余しているニ、三年のサッカー部が駄弁りながら、蒼斗の支配する試合を見て口々に会話。


「よっしゃあ! ナイスゥ! 涼平!」


 とは言え、サッカーに詳しくも無い人間が試合を見た所で、目にするのはボールを持った人間だけ。


 記憶に残るのはいつだって、ボールを持った人、ゴールを決めた人だけ。


 バックやハーフが何をやっているのかなんて、残念ながら興味すら持たれない。


 殆どの者が、ゴールを決めてハイタッチをしている泉井涼平に注目する中。


 それでも、サッカー部の人間と、吉永紅葉だけはずっと、鹿島蒼斗を見ていた。


 ◇


 サッカーの試合が終わるとすぐに体育館に直行だ。


 理由は単純。


「姫野さんまた決めた!」


「バネ半端ねぇ! 運動神経いいって本当だったんだな」


 一組女子のバレーを応援する──と言う建前で、吉永を凝視出来る時間だからだが……。


「姫ち!」


「はいっ!」


 コート上で一番目立っているのは、やはり姫野か。


 勉強はいまいちやる気が出ないようだけど、身体を動かすのは大好きらしく、外国の血が入っているからか、そこはどうなのかわからないけど、フィジカルにも恵まれている。


 170近くある長身の姫野が、ピョンピョン飛び跳ねてブロックをして、バシバシとスパイクを決める姿に華がある事は確かだろう。


 日本人とはまた違ったしなやかなバネは天賦の才であり、姫野の武器でもあると思う。


 運動神経が良いと言うのは吉永に聞いていて、姫野自身も言っていたけど、女バレの千嶋ちしまと山本と遜色なく動けるのか。凄いな。


 運動神経が良い奴はそれ用に脳を鍛えていると言うか、勉強以外の事で脳の使い方を熟知している人間だから、運動を頑張った奴は受験勉強で最後の追い込みに強い。


 みたいな話を卒業生が言っていたから、姫野も集中してその気になれば伸びそうでもあるんだよな。


「冬! 集中!」


「はいっ!」


 169だか170だか今の姫野の身長は知らないけど、雑誌やテレビに露出するモデル顔負けの女子が飛び跳ねているわけだ。


 当然、一組だけではなく、それまで姫野の事をあまり知らなかった他のクラスの生徒も、釘付けになっている。……まあ、ぱっと見で目立つからな。


 だけど、もちろん俺は吉永にしか目が行かない。


 こんなに堂々と吉永を見ていても良いイベントなんて、早々ないだろう。


 スマホを持ち歩いて良かったなら、多分もう余裕で百枚以上は写真を撮っているに違いない。


 勝負事で集中している真剣な顔もいいなぁ。


 やっぱり、吉永は可愛いしカッコイイ。


「吉永ナイストス!」


 外野は各クラスの応援合戦のようになっているので、俺の声が届いているかどうかはわからないけど、届けばいいなと思いながら声援を口にする。


 コートの中で、クラスメイトと笑っている姿もいい。


「──蒼斗」


「うん? なんだ、康太」


「球技大会終わったら、ミヤちゃん先生が飯奢ってくれるって言ってたけどさ」


「ああー。そう言や、そんな事言ってたっけ。でも、金あるのかなミヤちゃん? 40人に飯奢れる程に、都立の教師ってそんなに稼ぎあるのか心配なんだけど」


「い、いや、それは俺も知らないけど……。いや、そうじゃなくて、それが終わったらしばらく学校行事はないし、期末までずっと勉強だろ。そんで、期末が終われば、九月の宮祭に向けて本格始動だよな」


「だな。そんで、宮祭が終われば春まで勉強と部活以外何もないのが深山だ」


「──お互い、頑張ろうな」


 俺が吉永を見ているように、青島はコートの中にいる選手ではなく一緒に応援している田邊を見ながら、そんな事を口にした。


 だから、青島の言葉の意味は理解出来る。


「──ああ。そうだな」


 たぶん、見ているだけじゃ駄目なんだろう。


 きっと、願っているだけじゃ駄目なんだろうな。


「よし。それじゃあさ、球技大会が終わったら、さっさと勉強会の日程決めるか。またゴールデンウィークのメンバーで集まってさ」


「俺と田邊は部活も忙しくないから、多分いつでも行ける。次は吉永さんの家でするんだっけ?」


「らしいな。って事だから、最終的には吉永の予定次第になるけど、期末までまだ時間がある間に全員で対策しとこうぜ」


 高校三年間はきっと、俺が考えているよりもずっと短い。


 見ているだけでは、願っているだけでは、吉永には一生振り向いて貰えない。


 動かないとダメだ。振り向いて貰える為の努力をしないとダメだ。


「ま、でもまずは、球技大会頑張るか―!」


「だな! 女子の試合終わったら服部の卓球でも見に行くか。あいつ来るなって言ってたけど」


「そうするかー! 球技苦手とか言ってたから、絶対に見たいよな、ははは」


 運動が出来る男子はモテる!


 なんて言うのは小学生までの話なんだろうけど、勉強を頑張るのと同じくらいに運動や学校行事も頑張っているとアピールして、評価がマイナスになる事はないはずだ。


 いや、最近は蛙化現象とか言うのがあるらしいから、頑張っている姿を見ると逆に冷める女子も多いんだっけか。


 その辺は難しい所だけど、少なくとも俺は頑張っている姿を吉永に見て貰いたい。


 それに、吉永はきっと誰かが頑張る姿を見て、冷めるような女子ではないはずだ。


 だから今はまず、目の前の事を頑張ろう。



 全学年各クラス参加の球技大会は学校全体で盛り上がり、次々に勝者と敗者が決まって行った。


 朝から夕方まで一日かけて行われたクラス対抗、学年対抗の試合は白熱。


 一年一組の最終戦績は、悪くはなかったのではないだろうかと思う。


 男子のバスケが学年三位、女子バレーが学年二位。女バスが学年二位。


 サッカーが学年一位で、卓球は残念ながら最下位争いだったが、全体的に高水準な戦績を納める事が出来たと言える。


 最後に、一年と二年の学年一位のクラス同士がぶつかるエキシビジョンマッチがあったんだけど、残念ながら、俺たち一組のサッカーチームは二年生のクラスには勝てなかった。


 俺を含めた全員が学年優勝の為に全力を出し過ぎて、エキシビジョンマッチの為の余力を残せなかった事も原因の一つである事は認める。


 だけど、そもそも、二年で一位になったクラスはサッカー部の連中が七人も居やがったから、最初から苦戦は必至だったのかもしれない。部員偏りすぎだろ。


 その結果、スタミナ切れを起こしてしまった俺達一年一組は、二年相手にまともな試合を展開する事が出来ず。残念ながら、全校優勝は叶わなかった。

だけど、見ているだけでは駄目なんだとも思う

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
目を通してくださりありがとうございます。
もし気に入ってくださればブックマークや評価をいただけると嬉しいです!
他の作品も目を通していただければとても嬉しいです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ