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第54話 それだけは本音だから


「で、勉強がよくわからなくて、頭も良くない俺が最初にやった事ってのが、暗記だ」


「は? そんなの基本じゃないですか。数学も英語も国語も、理解が大事とか言うけど基礎を覚えて暗記した上での応用ですよ。何当たり前の事言ってるんですか」


「いやまあ、今は中野の言ってる意味もわかるんだけど。中学の頃はそんなのよくわからなかったし、まずは暗記から始めたんだって。だから、とりあえず、まずは教科書を全部覚える所から始めたんだよ」


「……そうですか。本当にやってるならたいしたものですけど」


「やってるやってる。此間の中間だって、テスト範囲全部一言一句覚える所からスタートしたしな。頭良いってよくわからないけど、マジで頭良い奴は多分こんな勉強しないだろ。効率悪いとか言って笑われそうだから。これ言ったの中野が初めてだからな、誰にも言うなよ」


 青島と服部にも、丸暗記する気持ちで教科書を覚えた方が良いとは言ったけど。


 本当に、目を閉じれば教科書の何ページに何が書いてあるかわかるくらいに暗記しているとは言ってない。


 残念ながら、俺はクラスの連中が思っているような頭の良い人間ではない。


「……そうですか」


「だから、ずるって言えばずるなのかもな。問題によっては何も考えないで覚えている事をただ書いてるだけだし」


「教科書覚えるだけで全部の問題がわかるなら、やっぱり天才ですよ。それに、それだけ覚えられるなら十分頭だっていいじゃないですか」


「全部の問題解けてたら、俺はクラス一位になってるだろ。それでもマジで頭の良い奴には全然届かないんだって。ただ、最初は意味も分からず教科書全部覚えてて、覚えた範囲でわかる問題を解答していくうちに、ちょっとずつだけど理解が追い付いてきたってのはある」


 中学一年の二学期末から中三の最後まで。


「テストの度に教科書を丸暗記していたお陰か、俺にもようやく先生とか先輩がよく言っている勉強で最も大事な『基礎』と呼ばれる土台が完成したんだと思う。もし俺が天才だって思うならそれでもいいけど、だとしても何もやってないわけじゃないって事は知って欲しい」


 朝学校に行く前。夕方学校から帰ってから。


 中野がそうであるように、俺だって毎日コツコツと勉強を積み重ねている。


 だけどそれは、俺だけではない。クラスの他の人達だってそうだろう。


「でも、勉強だけじゃなくないか? 学校って。無理に友達作る必要なんて何処にもないけど、部活入る必要だってないけど。それでも、折角同じクラスなら仲良く出来ればいいなって思う気持ちも、少しくらいはわかって貰えると助かる。中野が俺の事嫌いならもう声はかけないようにするし、勉強の邪魔もしないようにするけど。一応、俺の気持ちも少しだけ理解してくれると、嬉しいかも」


「……僕は」


「うん?」


「……僕は、鹿島みたいに、カッコよくはないから」


「カッコよく?」


「僕と鹿島の話が合うわけないだろ。……中学でも勉強ばっかりしてて、友達と呼べるような人が居なかった僕みたいなのが、鹿島みたいなのと何話せばいいんだよ。そっちは善意で話しかけてるのかもしれないけど、何を話せばいいかわからない僕のような人間だっているんだよ。話した所でつまらないと言われて馬鹿にされて、どうせ裏で青島達と何か言ってるんだろ」


「いやいや、そんな事しねえよ。つまらないとか思って無いから。それに青島も服部も、中野の前の席にいる直江だって後ろの席の永井だって、どっちも良い奴だから何言っても馬鹿にしたりなんかしないって。てか、今も普通に話してるだろ」


「知るか。さっきから勉強の話しかしてないだろ」


「じゃあそれでいいじゃん。勉強の話でもしようぜ」


 やっぱり、結局ここに落ち着くよな。


 俺が勉強を頑張っているように、中野も勉強を頑張っている。


 俺達の共通言語なんて最初から分かり切っていたじゃないか。


「てか、中野って此間の中間何位だったんだ?」 


「……クラスは7位で、学年だと46位だった」


「え、十分すごくね?」


「僕は一番になるつもりで頑張ってたんだよ。こんなの……全然、駄目だ」


「って、親御さんに言われたの?」


「は? 別に……。父も母もそんな事は言わない。勉強は僕が頑張ってるだけだから、普通に褒めてくれたよ」


「だったらいいじゃんかよー……。俺なんて此間、料理倶楽部で学年順位の話をしたら部長に全然まだまだ駄目って言われたからな。マジで厳しいわ、あの人」


 そりゃ、安藤部長からすれば全員全然ダメ判定になるんだろうけど。


「……鹿島、料理倶楽部になんて入ってるのか」


「おうよー。俺の家は母子家庭だから、料理くらい出来るようになりたいってのもあるしさ。それに、料理倶楽部は週一活動の部活だから、全然負担にもならないってのがデカいんだよ」


「……そう、なのか」


「そうそう。週一だから全然楽だし、部員も少ないし、基本みんな適当って言うか。あ──」


 未だに目を合わせてくれない中野と、少しずつ会話のキャッチボールが増えた始めた所で、ふと思った事があった。


「てかさ、今俺が言った料理倶楽部の部長ってのが、深山高校三年生の今現在学年一位の人で、東大目指してる人なんだけど」


「え?」


「だよな、そんな反応になるよな、ははは! 俺もそんな人が料理倶楽部の部長やってると思って無くて此間聞いて普通にビビったわ。でさ、他にも聞いてみると、部長以外の他の三年生も前回の中間30位とか20位とかの人ばっかりでさ。しかも料理倶楽部って俺以外にも吉永も入ってて、あいつ此間のテストで学年7位だっただろ?」


 嘘は言っていない。


 岩瀬先輩と姫野の話をしていないだけで、俺は一言も嘘は言ってない。


 まあ岩瀬先輩に関しては57位とか言ってたから、普通に頭も良いので話してもいいんだけど、姫野の話だけはしない。


「そうなのか」


「そうそう、でさ、何か聞いてみたら料理倶楽部って深山でも頭良い人が集まるってか、今年の春も一人、料理倶楽部の先輩が東大に合格したらしくてさ」


「……そ! そうなのか? 凄いな」


 ここに来て初めて、驚いた様子の中野が俺と目を合わせてくれた。


 料理倶楽部に入れ込み過ぎて一浪して、それから合格したって話だけど。


 嘘は言っていない、はず。たぶん。


「なんでも、料理をする事は勉強に似ていて、下処理は基礎工程、段取りは思考力、調理は解答力を磨けて、出来上がった料理を食べる事でその全てを取り込む事が出来るんだとさ。だから料理倶楽部の部員はみんな自然と成績が上がっていくらしいよ」


「そ、そうだったのか。料理……。料理って、そう言うものだったのか」


 ごめん、中野。今のスピリチュアルナ話は嘘だ。


「──だからさ、もし中野が良かったら料理倶楽部に入らないか?」


 だけど、この言葉は嘘でも誤魔化しでもなくて、俺の本音だ。

出来れば聞いて欲しい

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