第53話 二人仲悪く
掴み合い殴り合いでは無かったものの、学校内で喧嘩をした俺と中野翼は先生に連行される事に。
非常に不名誉な形で、初めて進路指導室に案内されてしまった。
……なんでこんな事になったのやら。
先生に事情を聞かれたものの、俺も中野も何をどう説明すれば良いのか全く見当が付かず。
あやふやな説明をした後、しばらくすると口頭注意のみで解放される運びとなった。
そうして、進路指導室から出ると、時間をおいて冷静になった様子の中野翼は、相変わらず無言のままで。
俺に一瞥もくれる事なく、スタスタと歩き出したものだから──。
「そっちばっかり言いたい事言って、俺に何も言わせないってのは、それはフェアじゃないだろ?」
──中野が逃げる前に、きっちりと呼び止める事にした。
「もう何も話したくないならそれでもいいけど、さっきは俺が中野の話を聞かされたんだから、今度はこっちが一方的に話す言葉を聞く義務はあるんじゃない?」
しかし、そこまで聞いても、中野は俺の言葉を無視して再び歩き出してしまった。
「聞いてくれるなら、俺がどんなズルをしてテストで良い点取ったか教えてやっても良いんだけどなー」
なので、仕方ないからちょっと煽る事に。
「……聞くだけでいいなら、構わないですよ」
「はいよ。また先生とか他の生徒に聞かれるのも面倒だから、とりあえず学校近くの公園かどっかでいい?」
その後、無言で頷いた中野は無言まま俺の後ろを付いてきて、俺達は二人仲悪く、学校から少し離れた公園に場所を移した。
「なんか飲む? 言わないなら独断で決めるけど? ……よし、それじゃあ、中野はブラックコーヒーにしよう。美味しくないしな」
花壇の縁に腰を下ろし俺と同じく、少し離れた場所に腰を下ろした中野。
二人の間にしばしの沈黙が流れるも、話す事なんて何も無い俺は今から何を話したら良いのかを必死になって考えていた。
「中野って確か、山梨かどっかから上京してきたんだっけ?」
「……そうですけど、それが何か」
「一人暮らしではないんだよな?」
「親戚の家から通わせて貰っていますが。……この質問に何か意味があるんですか」
「あるある! 大有りだって」
いや、無いけど。
なんだったら何も考えてないけど。
「俺は出身が東京だから……深山の殆どの奴も多分そうだから。だから、外から受験して高校から東京来て通うのってやっぱ大変だろうなと思ってさ」
実際、大変なんてものじゃないと思う。
第一に、親元を離れて親戚の家での生活は単純にストレスが溜まるだろう。
生まれ育って慣れ親しんだ土地から未知の場所へと生活圏を移して、何もかも慣れない中での日常生活と学校生活の両立も、大変なはずだ。
それでも、学校側がそんな事を気にするはずもないので、俺達生徒は個人の事情に関係なくただただ勉強をしなければない。
……いや、マジで大変だと思う。少なくとも俺は出来そうにない。
「まあ、その、チャラチャラしてるつもりはなかったんだけど。でも、もしかしたら、中野から見たらそう見えるのかもなってのはわかったよ」
自己紹介の時も多くを語るタイプじゃなかったから、中野翼の事は殆ど何もわからない。
教室でも席の近い姫野に挨拶をされているのは見かけた事があったけど、それ以外に特に誰かと仲良くしている現場を見たわけでもない。
一人で居る事が性に合っているなら、それでいいと思う。
大人数で喋るのが苦手で、一人で居る時間の方が大切だなんて奴は探せばいくらでもいるだろう。
だから、中野もそうだったら別にそれでいいと思う。
「でも、俺だって勉強はしてるし、いい加減な気持ちで毎日過ごしてるわけじゃないのはわかってくれると嬉しい。そりゃ、中野からしたらふざけてるように感じるのかもしれないけど、何もしてないわけじゃないんだぞ?」
折角俺が奢ってやったブラックの缶コーヒーを両手で持ったまま、中野はこちらを見ることなく地面を眺めていた。
「俺は元々サッカーやってたんだけど、中学までサッカーやってた時間を全部勉強に回してるから、朝は4時起きで、そっからしばらく勉強してて。あ、俺朝型ってか、寝起きに勉強やるとすんなり入る派だから夜は結構早く寝るんだけど、中野は?」
「……僕は、朝も夜も勉強にしてますよ」
「めっちゃやってんなー。参考書って何か使ってたりする?」
「いえ、先生も学校の勉強だけ頑張っていれば塾に行く必要はないと言っていたので、教科書が基本です」
「だよな! 今んとこ教科書と学校から配られる課題だけで手いっぱいだよな、わかるわー。そんで、どんな感じでやってる?」
「どんなって言われも。普通に、問題見て解いて。ノートに書いて書いて書いて、音読もして、身体に覚えさせる感じで」
「おお、一緒一緒。中野は何か俺の事頭いいとか天才みたいな事言ってたけど、言っとくけど、俺は中野が思ってるような人間じゃないからな? 小学生の頃は全然馬鹿な方だったと思うし、中学から中間テストが始まって、中一の頃はそれこそ壊滅的な点数だったよ」
「僕は昔からずっと一番だった。……それでこんなに差が付くんだから。そう言うのを天才って言うんだよ」
「いや、うーん……。天才の定義がちょっとわかんないんだけど、少なくとも俺は自分の事を天才だとは思って無いよ。だって、勉強のやり方全然わからなくて、どうやったら良い点とれるのかもわからなかったからな。俺が最初にテスト対策としてやり始めた勉強法って何か想像つく?」
「さあ。鹿島みたいな人なら先輩に頼んで過去問でも貰ったんじゃないですか」
「え? うわ、その手があったか」
今度、安藤部長に聞いてみよう。
何となくだけど、あの人なら学校の過去問全部持ってそうだし、教科の先生毎の出題傾向とかわかるかもしれない。
高校受験の時も大学受験の時も、過去問は大事な参考書なんだから、定期考査でもきっと良い参考書になるはずだ。
中野に言われるまで全然考えてなかったわ。
「助かった。教えてくれた報酬として定期考査の過去問が手に入ったら中野にも見せるよ」
俺の言葉を聞いて退屈そうにしている中野に、話を続けた。
ちょっと話しでもしない?