第52話 世の中には色んな人が居るから
六月下旬の球技大会が始まるまでは暇である。
もちろん、学校行事が球技大会しか無いと言う意味での暇であり、それ以外は何も変わらず平常運転。
毎日ゴリゴリに勉強をする事に変わりはない。
運動部のようなハードな部活に所属している人達は、新学期が落ち着いて来た事もあってバリバリに活動している。
しかし、学校の勉強量は半端じゃないし課題も多いし、忙しい部活に所属している人達はどうやってこれを乗り切っているのか、甚だ疑問に思う毎日だ。
「翔涼平ちーっす。今日はサッカー部朝練なかったんだ?」
「おう。どうする? HRまでまだ結構時間あるしボール蹴りにいく?」
「いや、昼休みにでも行こうぜ。って事で、永井達も昼いい?」
「オッケー、いいぞ」
朝教室に入るとまず目についた佐々木翔と泉井涼平のサッカー部コンビに声をかけつつ。
その近くで駄弁っていたラグビー部トリオ。
直江淳也と永井浩平、宇佐美奏多の肩をポンポンポンと叩きながら適当に挨拶をしていく。
その後も適当に声を掛けたり掛けられたり。
朝の教室は賑やかだ。
「中野君おはよう! あ、そこの訳難しいよな。古文って結構独特って言うか──」
「あ、はい。おはようございます。えっと、何か用ですか?」
「用って程でもないんだけど、もし良かったら昼休みに皆でちょっとボール蹴ったりしないかなって思って」
「いえ、僕は休み時間はしっかり休憩したいので、申し訳ありません」
「だよな! また体育の時間に一緒に練習しよう」
「鹿島君鹿島君! やっほー!」
「はいはい、やっほやっほ。姫野さんは今日も元気だなー、吉永もおはよ。波多野さんも山本さんもおはおはー」
中野の席の右斜め前は姫野の席なので、物理的に距離が近い。
その為、俺が中野と仲良くしようと話しかけると、どうしても姫野に見つかって妨害される。
今も、俺の背中をツンツン叩きながらデカい声で挨拶をして来たので、背中を突いて来た手を掴んで吉永の方へと移動させたところだ。
「あの、すみません。勉強したいので静かにして貰ってもいいですか」
「ご、ごめんごめん。じゃあ中野君また、俺も自分の席戻るね」
うーむ、まだまだ打ち解けられそうにないな。
勉強かー。やっぱり勉強なのか。
中野が頑張っている事と言えばやっぱり勉強だよな。
……まあ、それを言い始めたら、全員勉強は頑張ってるんだろうけど、話す切欠は勉強しかないのかな。
「おーっす。また中野に振られたのか、蒼斗」
「おっす。いやー、振られたって言うか、勉強の邪魔してしまったみたいで悪い事してしまった」
席の近くまで行くとまず俺に気付いた青島が声を掛けてくれる。
「最近やけに中野に構ってるけど、なんかあったのか?」
「なんかって言うより、球技大会で同じサッカーで出場するから、一緒に練習とかどうかなーってとこ」
その後は、俺の席に座って青島の方を向いて喋っていた服部が、よっこらしょと立ち上がりながら話し掛けて来るのが、いつもの流れ。
「つっても補欠だろ? 練習とかいるのか?」
「補欠だろうがなんだろうが、練習はした方がいいに決まってるだろ? 部活だってレギュラー以外の部員が練習してないなんて事はないだろ?」
「ああー。まあ、そう言われればそうか」
練習が大事。それは運動も勉強も同じだ。
頑張らなければどちらも結果はついてこないし、頑張った者にしか勝った時の喜びや、負けた時の悔しさは理解出来ない。
そんな訳で、中野にも一緒に喜んだり悔しがったりして欲しいなと思ってるんだけど、中々上手く行かないのが現状。
青島や服部のようにピッタリと波長が合うような手合いとか、サッカーと言う共通の話題があった佐々木や泉井ならいざ知らず。
俺は姫野みたいに、話した人間全員から好印象を持たれるような人間と言うわけでもないので、仲良くなるにはそれなりに時間がかかってしまう。
球技大会までまだ時間があるとは言え、毎日勉強していればあっと言う間に大会当日になっていそうだから、出来るだけ早く中野とも一緒にサッカーの練習して仲良くなりたいよなー。
その程度の呑気な考えしか持っていなかった俺は、人間関係の難しさを全然理解出来ていなかったのだと思う。
毎日少しずつ話しを続けるものの、中野翼と一向に打ち解ける事が出来ない日々だけが積み重なった。
一方、女子の方は姫野や近藤を中心に一致団結していて、中野と同じく大人しい感じの佐伯萌依さんがすっかり打ち解けていた。
やる気がないなら放っておけばいい、無理に構う必要はない。
と、いつぞやの吉永のような事を言う人も、居るには居る。
だけど、あんなに机にしがみついて勉強を頑張ってる奴なんだから、やる気になればなんだって出来るはずだと、俺は思っている。
いわゆる、陽キャと陰キャ。
正直に言えば、俺にはこの違いが良くわかっていない。
自分が陽キャなのか陰キャなのかとかも、考えた事すらなかったから。
だから、中野がどんな事を考えているのかも全然わかっていなくて、俺が声を掛ける事で彼にどんな不利益があるかも、全然わかっていなかった。
◇
放課後になって、生徒が疎らに帰宅する時間。
部活が無い人間で集まって、種目毎に分かれて球技大会の練習をするから、一緒にやらないかと声を掛けた時。
「……あの……ホントに、もう、いい加減にしてくれませんか」
中野は静かに、ゆっくりと話しだした。
「いやいやいや! 忙しかったら全然、無理にしようとかじゃないから、ごめんな」
いつも淡々と誘いを断る中野が、怒っているような気がしたので、すぐに謝った。
とりあえず声を掛けておこうと思ったんだけど、流石にしつこすぎたか。
「そうやって、良い人ぶって、いつも僕に声を掛けてきて」
「いやいや、別に良い人とかじゃないから」
「僕みたいなやつに声をかけて、それって貴方に何か得があるんですか?」
「意味って言うか、一緒に球技大会の練習をしたいなって思っただけでして……」
「それやって何か受験の役に立つんですか?」
「や、うーん……。でも、ほら、推薦入試とかに何か影響したりはあるのかも? その辺わかんないけどさ」
ここら辺になると、帰り支度を整えていた生徒の中にも、チラホラと俺と中野の空気と言うか、異変を感じ取る者も増えていたと思う。
「僕は推薦入試なんて狙ってないんですけど? それとも、僕にみたいな馬鹿は内申点を稼いで推薦を受けろって言いたいんですか?」
「いやいやいや! 待て待て、誰もそんな事言ってないだろ? そんな事思っても無かっ──」
「言ってるようなもんなんだよッ!!」
一体いつ何処で地雷を踏み抜いてしまったのか。
俺の言葉を受けた中野が、机の上を平手打ちして突然声を荒げてしまった。
なになになに?
鹿島と中野なにやってんだ?
クラスからヒソヒソと聞こえる声を無視しながら、どうしたものかと黙っていると、中野は更に話し出した。
「鹿島君みたいに女子と遊んでばっかのチャラチャラしてる奴が、なんで僕より点数が上なんだよ! 僕は毎日毎日勉強してて、中間だってお前らみたいなチャラチャラしてる連中には絶対に負けないつもりだった!」
チャラチャラってウケる。
なに? 中野が鹿島に喧嘩売ってるのか?
「あんたが俺に声を掛けてくる度に! 見下されている気分だった! 地元では一番勉強が出来たのに! 期待されて東京まで出てきたのに、上には上がいた!」
「わ、わかったから、俺が悪かったから、落ち着いてくれ中野」
「僕には勉強しか無かったのに。深山では、全然、刃が立たなくて……。なんで、遠足で浮かれてるような奴らより僕の方が点数低いんだよ……。こんなのずるいだろ……」
ああ、そうか。
「いっつも姫野達と喋って、青島達と喋ってるだけで。何もしてない奴が、何で僕よりテスト結果がいいんだよ。こんなのおかしいだろ……。天才は何やっても上手く行くとか、そんなのずるいだろ……」
中野は多分、壁にぶち当たった事がないんだな。
「おい中野、お前何勘違いして──」
俺がそんな事を考えていると、離れた席から黙って様子を見ていた青島が、何か言い掛けた所で──。
「何の騒ぎですか!」
一度は教室から出て行ったはずの先生が戻って来てしまった。
こうして、俺と中野の初めての会話は終わった。
もっと良く考えて話すべきだったのかもしれない




