第49話 高校が毎日楽しいのは
六月に入ると蒸し暑さが身体に纏わりついてくるようになるので、不快感が半端ではない。
「生き返るー。ありがとう、エアコン」
と言う事で、教室に到着した俺は自分の席に座ると、空調が効いていて外気より少しだけ涼しい教室に感謝の言葉を述べた。
「おはー。今日遅かったな、蒼斗」
すると、隣の席で黙々と部強をしていた青島から、挨拶が飛んで来る所までがお約束。
「よっす、康太より遅いのは久々か。服部は?」
「あー、三組だったかな? そっちに居る剣道部の奴となんか話す事があるとかで出てったよ」
「おー」
料理倶楽部と同じくらい部員が少ないと噂の、あの剣道部。
「どうした?」
「何でもないない。それより、今日は球技大会の出場種目決めるだろ?」
「あー、そう言やそうだっけ。そんな話してたな。男子はサッカーとバスケで、女子がドッジとバレーとー、後はー、えーっと?」
「後は男女どっちも卓球だな。俺はサッカー出るんだけど、康太どれ出るかもう決めた?」
「ん-、クラスの反応見てから決めようと思ってたけど。聞いて来たって事は、サッカー入って欲しい感じ?」
「正解っす」
「まあ、別にそれはいいんだけど。小学生の頃に休憩時間に遊んでたのと中学の授業でやったくらいだから、全然上手くないからな?」
「いいのいいの」
まさか45分ハーフでやるわけがないだろうから。
長くて15分か20分ハーフだと考えれば合計で30分から40分。
その間、バテる事なく適度に動いてくれるなら誰でもウェルカムだ。
それに、上手くはないかも知れないけど、小学生の頃からリトルリーグに所属していたと言う青島なら、運動に苦手意識はない。それが一番大きい。
中学の頃も野球上手い奴──と言うか、運動部で上手いと言われていた奴はサッカーに限らず運動全般上手かったから、そんなにヤバイ動きをするとも考えられない。
「後はラグビー部の面々はマストで確保したいかー。よし、バスケじゃなくてサッカーにしてくれって今のうちに頼んで来るか」
「はいよー。そのへん蒼斗に任せるから好きに動いてくれ。俺は従うわ」
「ういー。行って来るわー。うぉーい宇佐美んと直江ー! 翔も涼平も後ろ来てくれ」
席に座ったと思いきや、再び席を立った蒼斗を見送った青島は、一瞬だけ笑ってすぐに勉強を再開する。
◇
「ねね、青島君」
「んー?」
勉強を再開したのだが、今度は背中をツンツンと突かれてしまった。
「なに、井伊さん?」
「シマっちってさ、付き合ってる子とかいるの?」
「あ、それ私も気になる。混ぜて混ぜてー」
服部が他クラスに行っている今、蒼斗が居なくなると窓際最前列に座る青島の周囲には男子が一人もおらず。
必然的に、青島の話し相手は後ろの席の井伊優菜と柏木白夜くらいしかいなくなってしまうわけで、無視するわけにもいかないので流れで話す事に。
「いや、彼女とかは居ないよ」
「って事は好きな人は居る感じ?」
「誰誰? やっぱ姫ちゃん?」
「やめろやめろ。俺から言える事は何もないから」
「えー、それ言ってるようなもんだってー」
え? これ言ってるようなものなのか?
そう言う話に疎い青島は、柏木の言葉を受けて困惑。
「いや! じゃあ姫野さんじゃないよ。それは全然違う」
そして、遠回しに蒼斗に好きな人がいる事をゲロってしまった、無自覚に。
「マジマジ? 誰だろ?」
「シマっち全然わかんないよね。うちのクラスじゃないのかな?」
「し、知らん知らん! 俺は勉強してるから、後は蒼斗に聞いてくれ!」
そして、にわかに色めき立った井伊と柏木の雰囲気をヤバイかも知れないと思って、再び自分の机に向かって逃げるように勉強を開始。逃亡した。
「でも絶対姫ちゃんだと思ってたー」
「わかる。姫ちゃんと話す時だけ全然態度違うもんね」
「ちょっと素っ気ないって言うか、遠慮ないって言うか、あれって意識してるのかと思ってたけど違うんだ?」
そんな井伊たちの会話を背中越しに聞きながらも、これ以上墓穴を掘るような事が無いようにと、期末テストを見据えて必死に勉強をしている青島の後方。
教室の後ろの席では、一組の運動部所属メンバー数人と料理倶楽部の蒼斗が集まっていた。
「──って事で、今の所サッカーは四人決まってて、直江と宇佐美と、後は今どこ行ってるのか知らないけど永井。ラグビー部の三人も、是非球技大会ではサッカーやらないかって話」
「別に鹿島に言われなくても、バスケじゃなくてサッカーやる予定だったけど、宇佐美は?」
「俺もサッカーかなーとは思ってたよ。話してないけどたぶん(永井)浩平もそうじゃね」
「おっし! やっぱフィジカル大事だからな」
「そらいいんだけど、なんで泉井達じゃなくて鹿島がそんなやる気になってんだ? サッカー部じゃないだろ?」
「ああ、それは俺から話すよ。蒼斗は中学まで──」
四月の入学式が終わり、五月の中間テストが終わり、遠足が終わり。
入学直後はあやふやな形をしていたクラスも、二ヵ月も経てばクラスの輪郭が定まる。
クラスを率いるべきリーダーが、自然と頭角を現すようになる。
一年一組の女子は言うまでもなく、姫野冬華を中心に。
入学直後は青島康太が中心になるだろうと思われていた男子の中心は、けれど、二ヵ月が経過した今は鹿島蒼斗を中心に回っていた。
中学までは延々とサッカーと勉強に打ち込んでいた時間のうち、サッカーが消えてなくなった今、自由に動き回れる時間が増えた鹿島蒼斗はクラスメイトとの交流が増加。
いわゆる、クラスの人気者として男女問わずに注目を集めるようになっていたが、本人に自覚症状は皆無。
「姫ちゃんどうしたの?」
「鹿島君、今日まだ挨拶してない! やっほー! 鹿島君やっほー!」
「あはは!」
吉永紅葉や篠原愛実を含めた、数人で構成される仲良しグループで会話をしていると、突然立ち上がった姫野がそんな事を言って、周囲が楽しそうに笑ういつもの光景。
「声でっか。俺はやまびこじゃないって言ってるだろ。やっほー、やっほー、やっほー……」
「やまびこ返してんじゃねえか、ははは!」
そして、教室の後ろで男子数人と集まっている蒼斗が、そんな姫野の言葉に反応すれば、やはり周囲の者が楽しそうに笑う。
昔から何事も全力で取り組みたいと考えていた蒼斗にとって、勉強にも部活にも学校行事にも、何事にもモチベの高い生徒が集まる深山高校は性に合っていたようで。
今は毎日生き生きとしている。
「──の方は俺ら中心でやるから、部活ある人らも時間ある時にちょっとだけ集まってシステムの話と動き説明したいんだけど、いいか? そんで、バスケの方は──」
そんな、色んな人と仲良く話している蒼斗を素敵だと思いながらも、もっと自分と話して欲しいと思う女子が一人。
「紅葉! 私達も今のうちに球技大会の種目を考えておこう!」
「え? あ、うん、そうだね」
高校に入学してそれぞれに新しい関係を築き始めた事で、蒼斗と一緒にいる時間が少なくなってしまった事を寂しく感じている吉永紅葉は、複雑な気持ちで彼を眺めていた。
「姫ちゃんってバレーとドッジどれ出たいとかあるの?」
「全部! 全部出るよ!」
「全部は出れないから。冬は背も高いんだから、バレーでいいんじゃない?」
「じゃあ紅葉もバレーやろー!」
「はいはい……」
学校生活では男女が集まって話す事もあるにはあるが、それでも基本的に男子は男子、女子は女子の小さなグループで集まる事の方が圧倒的に多い。
だから、入学直後でまだまだ友達が居なくて、同じ中学出身の生徒同士で集まって話をするしかなかった少し前までの時期を、吉永紅葉は懐かしんでいた。
「お、服部おかえりー、服部って球技大会どれ出たいとかある?」
「うん? 俺は余ってんのでいいよ。球技そんな得意じゃねえし」
だけど、そう考えているのは蒼斗も同じ。
姫野に隠れて一番目立つ事はないにしても、中間結果の事もあってかクラス委員長の田邊と吉永は教室全体からしっかり者と認識されていてるのが現状。
田邊は基本的に一歩も席から動く事がないので、周囲には勉強好きや大人しめの女子が集まって、静かに話せる相談役。
吉永は姫野と話す為に間に入って、皆を見守る存在として重宝されているようで、姫野の隣に常に居るせいか、彼女のお目付け役としても愛されている吉永は、自分の意思とは関係なくとても目立つ監督役。
男子に囲まれて楽しそうに笑う蒼斗をチラリと見た吉永が気付かれる前に視線を外せば、少し遅れて蒼斗が吉永の横顔を見つめて、気付かれる前に視線を外す。
あーあ、早く料理倶楽部の日来ないかな。
そしたら鹿島と一緒に居られるのに。
そしたら吉永と一緒に居られるのにな。
それぞれのグループに分かれて楽しそうに話しながらも、二人の頭の中はそんな事ばかりが浮かんでいた。
全て君のお陰だから