第45話 部活動は緩いけど
五月下旬の遠足が終われば、しばらく学校行事は無い。
次にあるのは六月下旬の球技大会で、それまでは学校全体が勉強と部活動の色で染まる。
夏の大会がある各部活動は、引退を間近に控えた三年を中心に一致団結して大会に臨むわけだが、部活を引退した三年は九月に行われる宮祭の計画を練りつつも、受験に向けて朝から晩まで勉強三昧。
尤も、三年に限らず一二年も勉強三昧ではあるけど。
中間の成績が振るわなかった者は、次こそはと気合を入れて期末に向けて動いていて、もちろん結果が良かった者はもっと上を目指す。
俺もそんな勉強三昧な深山生の一人ではあるが、もちろん部活動だって熱心に取り組んでいる。
まあ、週一だけど。
「一年一組、姫野冬華! ただいま到着しました!」
「こんにちはー」
「失礼しまーす」
料理倶楽部が活動する部室? と言う名の調理実習室の扉を開けて中に入った俺達一年トリオは、口々に挨拶をしていつもの席に座る。
「はーい。姫野さん、吉永さん、鹿島君も来たので早速だけど、次に何を作るかみんなで決めましょー」
いつもニコニコ安藤部長は、俺達が着席したのを見るといつも通り、淡々と話し始めた。
パチパチパチと手を叩く部長に続いて、姫野と吉永と俺がパチパチパチと手を叩く恒例行事なのだが──。
「はい! 部長!」
「はいはいー。何ですかー、姫野さん」
しかし、いつもはパレードか何かと勘違いしているような盛大な拍手をしている姫野が、今日は手を叩かずに手を挙げていた。
手を挙げた理由に大凡の察しはつくけど。
「人数が足りていません! ここは一度待つべきでは! 部長!」
「うんうん。姫野さんはいつも、戦場にいるみたいに気合入ってるねー。誰も負傷してないからねー」
姫野の質問を受けた部長は、いつも一言か二言感想を述べる。
この人の語彙力、ちょっと面白いんだよな。
だが、それはそれとしても、確かに人が足りていない。
三年が三人、二年が二人、一年が三人。
料理倶楽部は全員で八人いなければならないのだが、今日は七人しかいない。
姫野がそれを気にしないわけがない。
居ないのは──。
「里見先パ──えっと、あの、天然パーマで眼鏡を掛けておられる先輩が居ません! 部長!」
「ぶっ」
「ちょっと鹿島」
やべ、笑ってしまった。
「うんうん。わざわざ言い換え無くても里見先輩だけでも通じるからねー、鹿島君も笑わない笑わない」
いや、今のは笑うだろ。
別に天然パーマとか眼鏡とかで笑ったわけじゃなくて、何故かわざわざ言い直した事に笑ってしまった。
里見先輩は背も高いから、ミステリアスな感じがしてちょっと格好良いしな。
ほら見ろ、俺以外もちょっと笑ってるじゃないか。
「えっとですねー……。一年生の皆さんが料理倶楽部に正式に入部した時にも話をしましたが、料理倶楽部の部費はとても少ないです」
「はい! 雀の涙程もないと聞きました!」
「言ったのは私だけど、実際は犬の涙くらいにはあるからねー、それもゴールデンレトリバーくらい」
安藤部長の言葉の何処に感動したのかは知らないけど、姫野は“おおー”と感嘆を漏らしていた。
そこからの部長の話は、正式入部直後にも軽く聞かされた何とも世知辛いお話だった。
「姫野さんはどうすれば部費が増えると思う?」
「先生にお願いします!」
「うーん……うん、実はそれも正解なんですけどね。実際はもう少し複雑なんですよねー」
次に作る料理の話をする前に、安藤部長はまず姫野の疑問を解消してあげる事にしたらしい。
まあ、いつも大体こんな感じと言うか。
安藤部長は俺ら一年生トリオと常に班を組んで調理を教えてくれている。
しかし、そうなると必然的に姫野の質問を受けまくる事になるので、大体いつも姫野の質問に答える流れになっている。
部活動の度に丁寧に教えてくれる素敵な先輩だ。
めちゃくちゃ面倒見が良いのもそうだけど、部長の話はとてもわかりやすいので、実は俺も好きだったりする。
「複雑な話は理解出来る自信がありません、部長」
「おおー。姫野さんは頑張って深山に入ったんだねー」
「はい!」
喜んでる所悪いけど、多分馬鹿にされてるぞ。
「じゃあそうだねー、うーん、うん。部費はその部活に合わせた額を先生達が考えてくれているんだけど、色んな先生達が皆で話し合って“このくらいあれば十分だろう”と言う最終的な額を各部毎に決めるんですよね」
実際にはもう少し複雑だが、かなり大雑把に言うと安藤部長の言う事であっている。
姫野が複雑なのは無理と言うから、適当な言葉で簡単に話してしているのかな。
「じゃあ、先生達は何処を見て、何を基準にして“これくらいあれば十分たろう”と言う額を決定しているか、わかりますか?」
「部活動の実績です! 前年度の実績、更にその前の年の実績、それからその部の将来性です!」
おおー、そこはちゃんとわかってるんだ。
ああ、いや、姫野は変わっているけど別に馬鹿ではないしな。
深山で中間テスト200番台つっても、世間的には全然勉強出来てる方だろうし。
「うんうん、そうだね。では、料理倶楽部の実績は何でしょーか」
「美味しい料理を作る事だと思います!」
「正解ー」
パチパチと手を叩く安藤部長の言葉に嬉しそうに頬を緩めているが、話しは終わりではないだろう。
「では、美味しい料理を作れば受験に有利になるでしょーか?」
「なりません!」
そこキッパリ否定するのか。
なります! って、言うかと思ったわ。
だけど、まあ、要はそう言う事だろう。
「ですね。料理の技術を培う事は将来の役には立ちますが、大学受験では何の役にも立たないでしょう」
三年間料理倶楽部で活動して美味しいケーキが作れるようになりました!
ケーキ作りの腕では他の受験生には負けません!
はい、そうですか。で? だから? と言う話。
深山の生徒の多くは国公立や難関私立に進む事になるわけだが、その受験で料理のスキルが何かの役に立つかを考えれば、多くの疑問が残る。
将来ケーキ職人になりたいわけでもないのであれば、尚更。
勉強や就職においてもそうだが、美味しいケーキが作れる事は社会の多くの場面でどうでもいい事に割り振られる。
残念ながら、進学校ではこれを実績とは呼ばない。
お菓子や料理を作るだけのお遊びの部活と考える者か殆どだろうし、少し冷たいと思うが俺もその意見を否定するつもりはない。
安藤部長の質問に自分で実績にならないと答えた姫野は、ガーン! と言う擬音が頭の上に出てきそうなくらいに落ち込んだ顔をしているけど、相変わらず表情筋が忙しそう。
「ですので、うちの部費が減る事はあっても増える事はありませーん」
それは何となくわかるけど、何でこんな話になったんだっけ。
「で、ここまで話した所で、お話は最初に戻って来るのですよー」
そう言うといつもニコニコしている安藤部長は、困ったような、悲しいような、そんな感じに眉を曲げてしまった。
なんだろう?
「えっとですねー。これはあまり話したく無いんですけど、部費の決定には色々な条件がありまして……。まあ、部員数と言うのも大事な要素の一つなんですよね」
「八人は多いですか! 少ないですか!」
「もちろん少ないですよー。深山高校にある部活の中でも断トツの少なさですねー」
「そ、そうなんですね……」
安藤部長の言葉を聞いた姫野はまたどんよりしてしまった。
「あ、違いますね」
「え! 多いんですか!?」
そんな訳あるか。
「いえいえ、圧倒的な少なさですよー。でも、一番少ない部活ではないですね。確か今は剣道部の方が少なかったはずです。とは言いましても、あちらは大会での実績がありますから、料理倶楽部と比べても意味はないんですけどね」
「おお!」
おお、じゃない。
少ないと言う時事は全然変わってないからな。
「私達三年が引退したらまた最下位ですが、今は一番少なくはないですねー」
「で、部員数です。見ての通り、料理倶楽部は部員数が少なく、一時期は存続が危ぶまれていました。今も首の皮一枚をくっつけたり外したりしている所ですが、去年は一度首が取れちゃいましてねー」
「えー!? ど、どうなったんですか!」
「どうもこうもありませんよー。昨年はそちらの二年生の岩瀬さんしか入部希望者が現れなくて、三年を除いた一二年の部員数が五人に満たずー。部活動の成立条件である部員数の最低人数五人と言う点を達成出来ませんでしたからねー。料理倶楽部は同好会に格下げ、部活動として認められないので部費は出して貰えず。調理実習室の使用も許されなくなって、同好会では顧問としての手当てが出ないので顧問もやりたがらない。いやいやー、大変な事態でしたよー」
見ると、安藤部長の言葉を受けた他の三年生。
新見聡先輩と、寺尾結奈先輩が、部長と同じように少し困った感じの笑顔を浮かべていた。
「そんなぁ……私の料理倶楽部が──ん? 五人居ますよ!」
姫野の料理倶楽部ではないけど、今の三年と二年合わせてちゃんと五人居る……よな?
横を見ると吉永も同じ事を考えていたようで、二人揃って少しだけ首を傾げた。
吉永が近くにいるからいつも楽しい